夭折の詩人ノエル・ホーザ魅惑の楽曲をソロピアノで!天才アンドレ・メマーリ新譜が素晴らしい

André Mehmari - Noël: Estrela da Manhã

アンドレ・メマーリ新作はリオの詩人ノエル・ホーザ楽曲集!

ジャズにクラシック、MPBやショーロなど縦横無尽に活躍するブラジルを代表するピアニスト、アンドレ・メマーリ(André Mehmari)が2020年最初に放ったアルバムは26曲入りと大ボリュームのノエル・ホーザ曲集だった。

『Noël: Estrela da Manhã』(ノエル:朝の星)と題された今作は、リオ史上最高の詩人と称賛されるシンガーソングライター、ノエル・ホーザ(Noel Rosa)の楽曲をジャジー&クラシカルなソロピアノで演じている。アンドレ・メマーリのソロピアノといえば、ショーロの名作曲家エルネスト・ナザレー曲集『Ouro Sobre Azul – Ernesto Nazareth』(2014年)が名盤として知られているが、原曲が古典的で親しみやすい曲調のナザレー曲集と比べれば今回のノエル・ホーザ曲集はより洗練されたブラジリアン・ジャズピアノだ。

選び抜かれたノエルの代表曲全26曲が、曲名のアルファベット順に収録されているのもユニークだし、(7)「Com que Roupa」で挿入されるブラジル国歌など、メマーリらしいユーモラスなアレンジの妙も存分に楽しめる。

“リオ最高の詩人”ノエル・ホーザ

ノエル・ホーザ(ノエル・ヂ・メデイロス・ホーザ、Noel de Medeiros Rosa, 1910年12月11日 – 1937年5月4日)はリオデジャネイロ出身のシンガーソングライター/ギタリスト。中流階級の家庭に生まれた彼は、非常に難産だった出産時、母体と赤ちゃんを救うために用いられた鉗子により顎の外観が損なわれてしまった(一説ではもともとピエール・ロバン症候群を患っていたとも)。
父親が医者だったためノエルも医学を学んだが、彼の情熱はほとんど音楽に向けられた。10代でバンドリンやギターを覚えると、一晩中バーでほかのサンバのミュージシャンたちと飲んだり歌ったりして過ごしていた。
17歳で隣人と結婚をしたが、彼の女遊びや大量の喫煙・飲酒といった不健康な生活を妨げることはなく、徐々に彼の身体を蝕んでいった結核は1937年、ついにこの26歳の才能豊かな若者の命を奪ってしまった。

しかしノエルはこの短い人生の間に、素晴らしい楽曲を実に200曲以上も書いた。
1929年から曲作りを開始した彼は、翌年に最初のヒット曲(7)「Com que Roupa」を発表。
代表曲である(8)「Conversa de Botequim」(居酒屋の会話)、リオ五輪閉会式で披露された(4)「As Pastorinhas」など今回紹介しているアンドレ・メマーリの『Noël: Estrela da Manhã』で聴くことができるが、まずは歌入りの曲を聴いていただくのも良いと思う。

ノエル・ホーザはもともとブラジルの黒人たちのダンス音楽で歌詞が重要視されていなかったサンバに、最初に社会批判や日常的な詩を持ち込んだ革命児だった。これが“リオ最高の詩人”といわれる由縁である。

ノエルの楽曲はその後も多くのアーティストたちによって愛され、歌い継がれ、近年では2016年のリオデジャネイロ五輪の閉会式でもサンバ歌手のマルチーニョ・ダ・ヴィラ(Martinho da Vila)がノエルの代表曲(4)「As Pastorinhas」を歌うなど、現在でもブラジルの豊かな音楽文化を代表する音楽家として世界中で愛されている。
かのGoogleが2019年12月11日のGoogle Doodleで彼の生誕109周年を祝っていることも、ブラジルのみならず世界的に愛されていることの証左だろう。

100年の時を越えた悠久のサンバ

アンドレ・メマーリはリオ五輪閉会式のアレンジも務めるなど、間違いなくブラジルのみならず世界中を見回しても現代最高峰のピアニストであり、アレンジャーだ。
メマーリは歌手ヴァレリア・ロバォン(Valéria Lobão)と22名のピアニストが参加した2015年のノエル・ホーザ曲集『Noel Rosa, Preto e Branco』にも参加しており、この流れが今回のソロピアノ収録につながった可能性もある。

ノエル・ホーザが生み、100年の時を超えた悠久のサンバを、アンドレ・メマーリのピアノが朗々と歌いあげる今作『Noël: Estrela da Manhã』は、私にとって2020年最初の大ニュースであり、いきなりの年間ベスト候補だ。

André Mehmari - Noël: Estrela da Manhã
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