美しく舞うピアノが印象的なショーロの傑作
軽やかに踊るようなタッチが魅力のブラジルのピアニスト、エルクレス・ゴメス(Hércules Gomes)の2020年新作『Tia Amélia para Sempre』はショーロの作曲家チア・アメリアの楽曲集。
2018年の前作『No Tempo da Chiquinha』でシキーニャ・ゴンザーガの楽曲を取り上げたブラジルを代表するピアニストが、2作連続でショーロ黎明期の女性作曲家の作品に集中して取り組んだ珠玉の作品だ。
アルバムにはピアノのソロ演奏やフルートとのデュオ、ギターやカヴァキーニョも加えたバンド編成など多様な演奏が収められており、チア・アメリアの楽曲を初めて聴き、知るにはうってつけの作品に仕上がっている。ショーロの粋を凝縮したようなチア・アメリアの楽曲群がエルクレス・ゴメスの素晴らしいピアノによって生き生きと蘇る。
多彩なバンド編成も楽しい
アルバムは1〜4曲目までエルクレス・ゴメスによるピアノの独奏、5〜9曲目がピアノ、弦楽器中心の編成、10〜13曲目がピアノと管楽器中心の編成、そしてラストの(14)「Saudades Suas」で再度ソロピアノになる。
演奏にはジアン・コヘア(Gian Correa, 7弦ギター)、エンヒッキ・アラウージョ(Henrique Araújo, カヴァキーニョ)、ハファエル・トレド(Rafael Toledo, パンデイロ)、ロドリゴ・イ・カストロ(Rodrigo Y Castro, フルート)、ナイロール・プロヴェータ(Nailor Proveta, クラリネット)など、ブラジル音楽シーンを代表する名手たちが集結。どの曲もエレガントなチア・アメリアの楽曲の魅力が際立つ演奏で、チア・アメリアという作曲家や、エルクレス・ゴメスというピアニストを知らない人にもぜひ聴いてもらいたいショーロの傑作アルバムだ。
チア・アメリア ── “アメリアおばさん(Tia Amélia)”の愛称で親しまれた作曲家
チア・アメリア(Tia Amélia, 1897 – 1983)はブラジル・ペルナンブーコ州の都市ジャボアタン・ドス・グァララペス生まれの作曲家/ピアニスト。
よく知られている名前チア(Tia)は“おばさん”という意味の愛称で、本名はアメリア・ブランダォン・ネリィ(Amélia Brandão Nery)という。
彼女は日本語で書かれた記事が一切見当たらないので、日本ではほぼ無名な人物だと思うが、前出のシキーニャ・ゴンザーガ(Chiquinha Gonzaga)に影響されたシンプルで古典的な作風にはショーロ黎明期の雅やかな美しさが漂う優れた作曲家だ。ボサノヴァの生みの親として知られる詩人ヴィニシウス・ヂ・モライス(Vinicius De Moraes)は、チア・アメリアを“シキーニャ・ゴンザーガの再来”と評している。
音楽家の両親の元に産まれたアメリアは4歳の頃からピアノの才能を見せ始めた。6歳から本格的なレッスンを開始し、12歳で最初のワルツを作曲したが、彼女の両親や後の夫は彼女が音楽家として生きることには反対していたようだ。それでもブラジルの伝統的な音楽を探究することをやめなかった彼女は、やはりシキーニャ・ゴンザーガの来歴を彷彿させるところがある。
17歳で結婚するも、2年後に農場経営をしていた義父が死去。そこからは苦労の連続で、工場や農場の売却、さらには資産が尽きた夫の死も重なり、4人の子供を育てるためにピアノも売ってしまった。
しかしその後、とあるチャリティーコンサートでのピアノ演奏でペルナンブーコ州の知事の心を動かし6年間の支援を約束されると、劇場のピアノ弾きとして雇われたりラジオの仕事をこなすなど音楽家として大成功を収めた。
1937年までに生計を立てるのに充分な収入を得た彼女は、娘の結婚式のあとに行ったサンパウロ市立劇場でのたった一度の公演を終えたあとは、1954年に再び公の場に姿を姿を表すまでほぼ引退状態となっていたという。
ブラジルを代表するSSW、ロベルト・カルロス(Roberto Carlos)の1976年の曲「Minha Tia(私のチア)」は、チア・アメリアを歌ったものだ。
チア・アメリアのショーロは古典的だが完成度が非常に高く、温かみがある。YouTubeを見回しても彼女の楽曲を演奏している人はあまり多くはなく、本国ブラジルでも忘れかけられている存在なのかもしれない。彼女の珠玉の作品に焦点をあて、蘇らせたエルクリス・ゴメスの功績は大きい。
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