ブラジル音楽の生き字引、カエターノ・ヴェローゾ
1967年にガル・コスタとの名盤『Domingo』でデビューし、その後半世紀以上に渡ってブラジル音楽を牽引し続けてきた巨匠カエターノ・ヴェローゾ(Caetano Veloso)。1942年8月生まれの77歳。そのキャリアはサンバやボサノヴァに始まり、ビートルズの影響を受けた「トロピカリア」ムーヴメントでの社会的主張の強いサイケデリックな音楽(彼の音楽は当時のブラジル軍事政権によって度々検閲された)へと変遷。軍事政権下では後に同国の文化大臣にもなる盟友ジルベルト・ジル(Gilberto Gil)と共に「反政府主義活動」の嫌疑で刑務所にも入れられ、出所後にはロンドンへと亡命した。
この時代のブラジル音楽の発展は、このような激動の政治と切り離すことができない。そしてその中心にいたのが、カエターノ・ヴェローゾだった。
2000年にはアルバム『Livro』でグラミー賞の最優秀ワールド・ミュージック・アルバム賞を受賞。ボサノヴァの創始者ジョアン・ジルベルト(João Gilberto)の『João Voz E Violão(ジョアン 声とギター)』をプロデュースし、“静寂よりも素晴らしいもの、それはジョアンだけだ”の名言も生んだ。
気鋭クラリネット奏者とのデュオアルバム
カエターノ・ヴェローゾは近年、マリア・ガドゥ(Maria Gadú)そしてマジュール(Majur)など若い才能を多く見出し、音楽の最前線に彼らを引き上げてきた。
そんなカエターノが今回組んだのは若手クラリネット奏者イヴァン・サセルドーチ(Ivan Sacerdote)。2020年の新作『Caetano Veloso & Ivan Sacerdote』では、老いてもなお魅力的な声とギターで私たちの耳を楽しませるカエターノと、それにぴったりと寄り添い表情豊かに奏でられるジャズクラリネットの親密な演奏を聴くことができる。
名曲(8)「Desde Que o Samba É Samba(サンバがサンバであるからには)」など数曲でパゴーヂ界隈で注目されるカヴァキーニョ奏者モスキート(Mosquito)も歌と楽器で参加し、彩りを加えている。
アルバムはSSWのマガリー・ロルヂ(Magary Lord)がイヴァンをニューヨークのカエターノのもとへ連れて行き、そこで行われたセッションがきっかけで録音されることになったもので、もともとリリースする予定にはなかったものだという。
優れたアーティストがこうした柔軟な発想で新譜をファンに届けられるのも、フィジカルの製作・流通という過程を経る必要のないデジタルストリーミングが主流となった現代らしい。
イヴァン・サセルドーチ(Ivan Sacerdote)はバイーア州サルヴァドール出身。12歳からクラリネットを始め、クラシック、ジャズ、ブラジル音楽などを学び、2006年にUFBA交響楽団のソリスト、2007年にバイーア交響楽団のソリストを務めるなどその才能を開花させてきた。2011年にショーロの伝統あるグループ Os Ingênuos に参加。その後もガブリエル・グロッシ(Gabriel Grossi)やホーザ・パッソス(Rosa Passos)など著名ミュージシャンとの共演を重ねてきた。