ブラジル音楽を知り尽くしたベテランデュオによる絶品『Encontro』
ブラジルのジャズピアニスト、ベンジャミン・タウブキン(Benjamim Taubkin)とヴィオラ・カイピーラ奏者のイヴァン・ヴィレラ(Ivan Vilela)によるデュオ作品『Encontro』(2019年)は、ブラジル音楽を極めた二人のベテランによる洗練された好盤だ。
二人のオリジナル曲のほかに、ミルトン・ナシメント(Milton Nascimento)の楽曲を3曲収録。ブラジル、とりわけミナスへの愛に満ちた熟練の演奏を楽しめる。
“16世紀初頭にポルトガル人が初めて南米に到達した海岸の後背地”という意味のタイトルが付けられたイヴァン・ヴィレラ作曲(1)「Sertão」は映像的な美しさを湛える情緒豊かな曲。通常のアコースティックギターより一回り小さいサイズのヴィオラ・カイピーラ(Viola caipira = 田舎風のギター、の意味)の複弦楽器らしい倍音豊かなサウンドが響く。
続く(2)「A Lua Girou」は素朴だが胸を打つメロディーを持つミルトン・ナシメントの知られざる名曲のカヴァー。オリジナルは1976年の『Geraes』に収録されている。
その後もベンジャミン・タウブキン作による静かだが確かな希望に心が洗われるような(5)「Mantendo a Fé」や(7)「Caipira」など美しい楽曲が並ぶ。
(8)「Castelo dos Mouros(ムーアの城)」では中東音楽のような旋律も飛び出し、気が抜けない。
そしてラストは再びミルトン・ナシメント。
変幻自在のリズム、想像を絶する豊かなハーモニー、そして奇跡のような旋律の本人も何度も録音している代表曲(9)「Milagre dos Peixes(魚たちの奇跡)」で感動的に締め括られる。
アルバム全体を通して、コード進行やメロディーに繊細な感覚をもつベンジャミン・タウブキンの作曲によるもの、ヴィオラ・カイピーラの豊かな響きを活かしたダイナミックな作風のイヴァン・ヴィレラの作曲によるもの、そしてたとえインストで演奏されようとも“歌”が聴こえてきそうなミルトン・ナシメント作曲のもの、それぞれ三者三様に特徴が出ていて面白い。
遅咲きのピアニスト、ベンジャミン・タウブキン
ベンジャミン・タウブキンは1956年サンパウロ生まれのピアニスト/作曲家。ピアノを始めたのは18歳からと遅かったが、元来の研究熱心な性格とジャズやボサノヴァへの情熱により街のナイトクラブでの演奏でなどで兀々と研鑽を積んできた。
41歳となった1997年、『A Terra e o Espaço Aberto』でメジャーデビュー。ルイ・コインブラ(Lui Coimbra)やマルコス・スザーノ(Marcos Suzano)といった気鋭のミュージシャンたちと共につくりあげた都会的なサウンドは今も色褪せない名盤。
その後もコンスタントに作品を発表し、世界各地のジャズフェスティバルで演奏するなど、現在ではブラジリアン・ジャズピアノの第一人者として知られている。
ヴィオラ・カイピーラの名手、イヴァン・ヴィレラ
イヴァン・ヴィレラは1962年、ミナス・ジェライス州生まれ。ヴィオラ・カイピーラは10弦5コースのブラジル内陸部の伝統楽器。鉄弦が張られているため、とても煌びやかな音色が特徴的だ。
11人兄弟の末っ子として生まれた彼は11歳の頃に父親から与えられたギターで故郷ミナスの音楽に没頭。現在では卓越したヴィオラ・カイピーラ奏者であると同時に、30年以上にわたってブラジル大衆文化を研究してきた研究者としても知られており、ヴィオラ・カイピーラという伝統楽器の保全や発展のために大きく貢献した人物として讃えられている。