多様な文化に魅了された最新イスラエルジャズ
創造力に溢れるイスラエルの女性ジャズピアニスト、ヌファル・フェイ(Nuphar Fey)の2020年新譜『Serenity Island』が素晴らしい。イスラエルの音楽文化もスペインのフラメンコも、西洋クラシック音楽も、南米のタンゴも、彼女の類稀な才能の礎となりこの世界に羽ばたくピアニストの最高傑作を生み出した。
本作に収録された全10曲は、母国イスラエルでのクラシックのソリストが出発点となり、その後ヨーロッパ各地を旅し様々な文化を肌で感じとり吸収してきた彼女が長い間書き溜めてきたもの。ときにエンリコ・ピエラヌンツィを彷彿させるほど深く叙情的。それでいてより多様な文化のエッセンスが散りばめられた作曲に脱帽するほかない。
平穏の島(Serenity Island)への道は決して平坦ではないようだ。
(1)「Wind of South」は強風、天上から漏れるような女性のコーラスに始まり、美しく複雑なピアノの左手のアルペジオ、さらにはフラメンコのパルマ(手拍子)が終わりなき旅の始まりを予感させる。中盤からはチェロやパーカッションも加わり、圧巻の展開を見せつつ再び女性のコーラスを交えたドラマチックなエンディングへと収束する。この1曲だけで、彼女がいかに才能に恵まれた音楽家なのかが分かるだろう。
(2)「In the Fall」も少し陰影を帯びた4拍子の美しい旋律で始まったかと思えば、1:15からは7/8拍子のスリリングな展開に。
7拍子や5拍子といった奇数拍子は他の楽曲でも多用され、アルバムの印象に美しさだけではなく、複雑さをもたらしている。
ヌファル・フェイのピアノと、妹であるTelalitによるチェロと透き通るヴォイスをフィーチュアした(3)「Long Road to Serenity Island」はクラシカルな響き。この曲のみ、妹との共作となっている。
素朴な無国籍的民謡風の5拍子のメロディーが印象深い(4)「I Believe In Magic」、シンセソロも登場する(7)「Smooth Sailing」、ピアノとベースがユニゾンしテーマを提示したあと、ゆったりしたリズムの上でイスラエルジャズらしいエキゾチックなピアノソロが展開される(9)「At Sea」など、収録された楽曲は魅力的なものばかりで驚かされる。
異国の文化、旅への限りない探究心が生んだヌファル・フェイの音楽
イスラエル・テルアビブ出身のヌファル・フェイ(Nuphar Fey)はこれまでに西洋のクラシック音楽、中東音楽、さらにはセファルディ(スペインやポルトガル、トルコ、北アフリカに定住したユダヤ人)の文化に感化されたジャズのスタイルを築いてきた。
エルサレム音楽舞踏アカデミーでクラシックを中心に学んだあと、2009年にスペインに移住し伝統的なフラメンコを研究。その後オランダのロッテルダムでタンゴやジャズを習得した。
2016年に実妹のチェロ奏者Telalitらと共にアストル・ピアソラの楽曲集(一部にバッハも)『The Cyclic Night』を発表。
この「1721 project」と名付けられたプロジェクトは17〜18世紀のバロック音楽をタンゴやジャズ、スポークンワードといった新しいジャンルの音楽と融合しようとする野心的なもので、時に舞踊や映像芸術とも組み合わされ上演された。
2017年にはイスラエルジャズを代表するベーシスト、ギラッド・アブロ(Gilad Abro)と、イスラエル出身で現在はロサンゼルス在住の若手ドラマー、ガル・ペテル(Gal Petel)と組んだトリオでの4曲入りEP『Nuphar Fey Trio – EP』をリリースしており、記事冒頭で紹介した2曲のMVの演奏はこちらに収録されている。
Nuphar Fey – piano
Daniel Ashkenazy – bass
Gal Petel – drums
Telalit – cello, voice
Rony Iwryn – percussion