イーロ・ランタラ、管弦楽団との共演第2作
ここのところ疲労感が半端ないので、とにかく美しい北欧ジャズでも聴いて癒されたいなと思ってお気に入りのレーベル、ACTの新譜をチェックしていたら、大好きなピアニスト、イーロ・ランタラ(Iiro Rantala)の新譜を見つけた。
タイトルは『Playing Gershwin』。
ガーシュイン曲集なのか、今時どうなんだろう…面白いかな…そう思ってリンクを開いてみると、7曲の収録曲のうちガーシュインは2曲だけ。残りは全てイーロ・ランタラのオリジナルという、いきなりの彼らしい肩透かしを喰らう。
しかもこのオリジナル曲の中に、私が人生で最も好きな曲ベスト10に入る(5)「Anyone with a Heart」もある…!ガーシュインは素っ飛ばして、まずはこの曲から聴いてみる──。
今回の編成はイーロ・ランタラのピアノの他、ドイツの管弦楽団ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン(DKPB)がバックについている。この編成での作品は2018年のライヴ盤『Mozart, Bernstein, Lennon』以来2作目。この作品でも前述の名曲「Anyone with a Heart」は演奏されており、イーロ・ランタラ自身相当気に入っている曲なんだろうと思われる。これはとても嬉しいことだ。
Anyone with a Heart
絶妙な譜割りと巧みな転調の仕掛けが施された美しい名曲「Anyone with a Heart」はピアノ+ヴァイオリン+チェロという変則カルテットで録音された2014年作『Anyone with a Heart』が初収録だが、この曲には実は元ネタがある。
イーロ・ランタラが1990年代後半、その活動初期に組んでいた伝説的ジャズバンド、トリオ・トウケアット(Trio Töykeät)の2000年作『Kudos』に、“エグベルト・ジスモンチに捧ぐ”との付記とともに「Met by Chance」という曲が収録されているが、この曲のモチーフが「Anyone with a Heart」そのものなのだ。「Met by Chance」の中間部を新たに書き直すことで「Anyone with a Heart」が生まれた。
管弦楽団との「Anyone with a Heart」
話を戻そう。
イーロ・ランタラの最新作『Playing Gershwin』に収録された「Anyone with a Heart」は、調性(キー)こそ変えられていないものの少しだけテンポが速くなっており、私の当初の目的(=疲れを癒したい)とは僅かにずれてしまった感もあるがここではオーケストラのまろやかな音色とも相まって神秘的な美しさを発揮する。大人数のオーケストラの迫力の中でも、イーロ・ランタラの遊び心溢れるアドリブソロは全開。イーロ・ランタラが少年期の頃から大好きだったというDKPBの演奏も緻密で溜息が漏れるほど美しい。
DKPB、ブレーメン・ドイツ室内フィルハーモニー管弦楽団は1980年に音楽大学の有志たちによって創立されている。1987年にプロの楽団となり、2004にエストニア出身のパーヴォ・ヤルヴィ(Paavo Järvi, 1962年 – 。父も著名な指揮者ネーメ・ヤルヴィ)が指揮者に就任して以降、ベートーヴェンの交響曲を軸としながらバロック音楽や現代音楽にも領域を広げ、急速に国際的な評価を確立した。
7曲中、ガーシュインは2曲だけだが…
アルバムには他にもイーロ・ランタラの代表曲である(9)「Freedom」やクラシックピアノの超絶技巧系エチュードを思わせるトリオ・トウケアット時代の名曲「Final Fantasy」の再演(3)「What Comes Up, Must Come Down」も演奏されるなど、ファンには堪らない内容になっているが、肝心なのはタイトルにも冠されているジョージ・ガーシュイン(George Gershwin, 1898年 – 1937年)のイーロ・ランタラ版だろう。
本作は“Playing Gershwin”を謳っていながら、どういうわけか冒頭で述べたように全7曲中ガーシュインの曲は(1)「Rhapsody in Blue」と(2)「Porgy and Bess Suite」の2曲のみだが、なんとこの2曲で約34分、アルバムの半分の時間を占める大作となっている。やはり主役はガーシュインか。
(1)「Rhapsody in Blue」はユーモア(ブラックがつく方かも?)に溢れる人柄でも知られるイーロ・ランタラらしい一筋縄ではいかない独自のアレンジが施されており、聴き応えは抜群。ダイナミックな迫力はジャズではなかなか聴くことができないオーケストラならではのものだ。
ガーシュインが死の2年前、1935年に作曲したオペラ(2)「Porgy and Bess Suite」も独自のアレンジが加えられた16分におよぶ大作になっている。
クラシックのフォーマットを用いつつも、イーロ・ランタラのピアノはいつものように暴走一歩手前のスリリングな即興が大部分を占めており、予定調和は一切感じさせない。これに付いてこられるオーケストラも凄いと思う。指揮はチェリストとしても知られる英国出身のジョナサン・ブロクスハム(Jonathan Bloxham)という人で、幅広いレパートリーを得意とする若手の注目株のようだ。
非常に個性的で、陰陽で言えば完全に“陽”の属性にある本作。
疲れがたまりがちな生活の中で、間違いなく元気になれるパワーを秘めている。
Iiro Rantala – piano
The Deutsche Kammerphilharmonie Bremen :
Jonathan Bloxham – cond’
Anttanen Tikkanen – solo vln, concert master