ブラジル音楽の良心の結晶のような“ピアノと声”
美しい音楽は気分が滅入ってしまいそうな毎日に確かな癒しをもたらしてくれる。
今回紹介するのはブラジルのサンパウロを拠点に活躍する二人の注目すべき音楽家によるデュオ作品。
ピアニスト/作曲家、サロマォン・ソアレス(Salomão Soares)と歌手ヴァネッサ・モレーノ(Vanessa Moreno)による2019年作『Chão de Flutuar』は、ピアノと声だけのこの上なく美しい音世界に浸れる傑作だ。
(1)「Correnteza」はアントニオ・カルロス・ジョビン(A.C. Jobim)とルイス・ボンファ(Luiz Bonfa)の共作で、ジョビンの1976年のアルバム『Urubu』に収録されていた曲だが、ボサノヴァらしさ、ジョビンっぽさを一切排除した大胆なアレンジ。原曲のモチーフである小川が流れるようなサロマォン・ソアレスのピアノと、その流れに浮かぶ花びらのようなヴァネッサ・モレーノの声。
聴いてもらえれば、きっと分かると思う。ふわっとしてるかも知れないけど、なんか生きていることの幸せを実感できる音楽がここにはある。ぜひ下の動画を聴いてみてほしい。
丁寧にアレンジされた上質なカヴァー曲を多数収録
他にも多数のカヴァー曲が収録されている。
原曲のプリミティブな印象をガラリと変え、洗練された姿のミルトン・ナシメント(Milton Nascimento)作曲の(3)「Saudades dos Aviões da Panair」。
エグベルト・ジスモンチ(Egberto Gismonti)作の(5)「Sanfona」は比較的原曲に忠実なアレンジだが、ヴァネッサ・モレーノのアドリブ・スキャットが自由で開放的だ。
(7)「Via Crúcis」はギンガ(Guinga)の名曲。ギンガの曲に特徴的な複雑なメロディーの一音一音を、優しく丁寧に、あるべき場所に置いていくような歌唱が魅力的。
クレベール・アルブケルキ(Kleber Albuquerque)とハファエル・アルテヒオ(Rafael Alterio)作曲の(8)「Xi, de Pirituba a Santo André」はマシンガンのように歌うヴァネッサが強く印象に残る。
毎日の不安に寄り添ってくれるアルバム
新型コロナウイルス感染症に世界が怯え、互いに疑心暗鬼になり、気分が荒んでしまう毎日。正解のない難問を突きつけられているようだ。
世界中で誰も無関係でいられない。批判はいつの間にか攻撃へと変わる。ウイルスとの闘いのはずなのに、人々の啀み合いの中に別の問題も見え隠れする。猛威を前にして、人間はとても脆弱だと思い知らされる。
そんな不安にそっと寄り添ってくれるこのアルバムは、心の薬だ。