MPBを代表する歌手フェルナンダ・タカイ、生と死を見つめる新譜
ブラジルのポピュラーミュージック(MPB)を代表する歌手、フェルナンダ・タカイ(Fernanda Takai)が2018年のアントニオ・カルロス・ジョビン曲集『O Tom Da Takai』以来となるスタジオアルバム『Será Que Você Vai Acreditar?』をリリースした。
全体的な印象は名盤『Onde Brilhem os Olhos Seus(彼女の瞳が輝く処)』(2007年)も彷彿させるような、一聴して彼女とわかるキャッチーで特徴的なソフトロックがたっぷり詰まった良作だが、収録されたそれぞれの音楽を深く掘り下げていくと世界に大きな変化をもたらしたコロナ禍のなかで制作されたアルバムらしく深いメッセージが読み取れる作品だった。
死んでいった偉大な音楽家たちのカヴァーも
アルバムにはフェルナンダ・タカイ自身やパト・フ(Pato Fu)のギタリストでもある夫ジョン・ウリョア(John Ulhoa)のオリジナルの他、ポルト・アレグリ出身のニコ・ニコライスキー(Nico Nicolaiewsky, 1957年 – 2014年)作曲の (2)「Não Esqueça」や、パウロ・セルジオ(Paulo Sérgio, 1944年 – 1980年)の1970年のヒット曲(3)「Não Creio em Mais Nada」など、死んでいった優れた音楽家たちの楽曲のカヴァーも収録。
中でも(6)「Love Is a Losing Game」はドラッグとアルコールに溺れ2011年に27歳で死去したイギリスのSSWエイミー・ワインハウス(Amy Winehouse)の楽曲の素晴らしい新解釈で、英語で歌われる直感的な歌詞が胸を打つ。
注目すべき二人のゲスト・シンガー
そして、今作では特筆すべき二人のゲスト・シンガーがフィーチュアされている。
(5)「O Amor em Tempos de Cólera」でフェルナンダとともに魅力的な歌声を披露するのはフランス系ブラジル人歌手ヴァージニー・ボウタウド(Virginie Boutaud)。
曲はタイトル通り、コロンビア出身のノーベル文学賞作家ガルシア・マルケスによる南米文学の傑作『コレラの時代の愛』をモチーフにしたフェルナンダとヴァージニーの共作で、コロナ禍(ご存知のとおり、ブラジルは凄惨な状況だ)の中で制作に着手されたこのアルバムの中でもハイライトになる一曲だ。
1990年代、mp3ファイルの登場によって多くの人は“もうレコードやCDは誰も作らなくなる”と言った。そしてそれは、長くゆったりとした経緯を辿ったものの、実際にフィジカルなCDやLPよりもデジタル配信へと音楽の聴き方を大きく変化させた。
そして今、世界に蔓延した新型コロナウイルスはそのパンデミックの前後で音楽のあり方について次なる変化をもたらそうとしている。この間、世界中の人々の意識は急速に、そして確実に変化した。この記憶はパンデミックが終焉したあともおそらく消えることはない。“密集”が常であった公衆的な音楽の聴き方も確実にパンデミック以前と同様とはいかないはずだ。
だが、ビジネスとはそういうものだ。常に変化に対応していかなければならない。そのことをフェルナンダは知っている。と同時に、彼女は「音楽と芸術は私たちの感受性にとってあまりにも重要なもの」という発言もしている。
文化の発展なくして経済の発展はないのだ。
もうひとりのゲスト・シンガーは日系三世のフェルナンダらしいチョイスだ。
(9)「Love Song」は“渋谷系”を代表するユニット、ピチカート・ファイヴ(Pizzicato Five)の野宮真貴との共作で、ピチカート・ファイヴの名曲「東京は夜の七時」のセルフパロディのような作品になっている。日本語とポルトガル語で交互に歌われるレトロポップな曲調が印象的だ。フェルナンダは以前より野宮真貴のファンを公言しており、2008年頃にはステージでも共演。過去には共同名義での5曲入りEP『Maki- Takai no Jetlag』もリリースしており、久々のコラボとなっている。
J-POPと呼ばれる音楽によく見られる非常に楽観的なテーマで本作の中では浮いているが、この能天気すぎる音楽は人々の国境を越える往来が急減したこの時代を思えば逆説的に考えさせられるものがある。