クリスチャン・サンズ新譜『Be Water』
2002年に若干12歳でデビューした天才ピアニスト、クリスチャン・サンズ(Christian Sands)。30歳になった2020年の新譜『Be Water』は中村恭士(Yasushi Nakamura, b)、クラレンス・ペン(Clarence Penn, ds)とのトリオを軸に、楽曲ごとにゲストを迎え多彩な音楽を聴かせてくれる傑作だ。
本作のタイトルはクリスチャン・サンズの少年期のアイドルだった香港の中国武術家/俳優ブルース・リー(Bruce Lee, 李小龍)の言葉“Be water my friend(友よ、水になれ)”から取られている(彼は素手で板やブロックを割ったりすることがピアニストにとって適切な行為でないと知るまでは、武道もやっていたようだ)。
本作は人間にとってもっとも身近かつ必要不可欠であり、同時に暴力的な力になって襲いかかることもある水という物質をテーマに創作された。柔軟に形を変える水であれ、という哲学は、演奏の中でインスピレーションのままに自由に姿を変えていくジャズという音楽にもそのまま当てはまる。
(3)「Be Water I」では、そのブルース・リーの言葉が挿入される。カンフーの達人である彼がその武術の哲学としていた、柔軟であることの大切さを説いたもので、これは2019年から続いた香港民主化デモにおいても民衆のスローガンとなった有名な言葉だ。
Empty your mind.
Be formless, Shapeless, like water.
f you put water into a cup, it becomes the cup.
You put water into a bottle and it becomes the bottle.
You put it in a teapot it becomes the teapot.
Now, water can flow or it can crash.
Be water my friend.
心を空にせよ。
型のない、形のない、水のように。
カップに注げばカップになる。
ボトルに注げばボトルになる。
ティーポットに注げばティーポットになる。
今、水は流れることも破壊することもできる。
友よ、水になれ。
サックスのマーカス・ストリックランド(Marcus Strickland)、トランペットのショーン・ジョーンズ(Sean Jones)、ギターのマーヴィン・スウェル(Marvin Sewell)といった気鋭奏者たちが絡む(3)「Be Water I」や(5)「Drive」は、時には静かに流れるせせらぎ、時には吹き荒ぶ嵐のように、曲中で様々表情を変えるまさしく水のような圧巻の演奏。
(7)「Can’t Find My Way Home」は本作の収録曲で唯一のカヴァー。原曲はスティーヴ・ウィンウッド作曲で、エリック・クラプトンらとのスーパーバンド、ブラインド・フェイス (Blind Faith)で演奏されたもの。
(8)「Be Water II」の弦楽四重奏はクリスチャン・サンズが学んだマンハッタン音楽学校の同級生である挟間美帆(Miho Hazama)によるアレンジ。サラ・キャズウェル(Sara Caswell)を第一ヴァイオリンに据えたストリングスのサウンドは水の最も美しい側面を描き出す。
Christian Sands – piano (all tracks), keyboards (1), voice (1), Fender Rhodes (1, 2, 3, 10), Hammond B2 (5)
Yasushi Nakamura – bass (all tracks)
Clarence Penn – drums (all tracks)
Marvin Sewell – guitar (1, 5, 9, 10)
Marcus Strickland – tenor saxophone, bass clarinet (3, 5, 10)
Sean Jones – trumpet, flugelhorn (3, 10)
Steve Davis – trombone (3, 10)
Sara Caswell – violin (8)
Tomoko Akaboshi – violin (8)
Benni von Gutzeit – viola (8)
Eleanor Norton – cello (8)