【特集】サブスクでは聴けない、とっておきの必聴名盤3選

Joao Gilberto

音楽のサブスクリプション・サービスは“音楽文化の無限の図書館”

音楽はオンラインのストリーミング配信で聴くことが当たり前になった。

日本レコード協会は、2020年第1四半期(1月〜3月)の音楽配信売上実績が前年同期比112%となる187億5,600万円だったと発表しました。Apple Musicなどのストリーミングサービスが売上高の71%を占めています。

https://iphone-mania.jp/news-294281/

音楽のサブスクリプション(定額料金サービス)は音楽を愛する人間にとっては夢のようなサービスだと思う。
たった10年〜20年前ほどまでは、アーティストがその命を削って創り上げた音楽作品は、わざわざ街のCD屋に出かけ、試聴をしたり、事前に仕入れた知識を総動員して気に入ったものを買うスタイルしかほぼ選択肢がなかった。

それからインターネットを通じたデジタル配信の隆盛(2012年がピーク)を経て、いまは定額制サービスで世界中の音楽作品に瞬時に、そして「買って失敗した」というようなリスクなしにあらゆる音楽にアクセスできるようになった。
かつて給料の大半をCDに費やしてきた私のような人間にとっては、本当に夢のような世界が訪れた。

……だが、サブスクリプション配信には未だにいくつかのデメリットが確実に存在していることも確かである。例えば
・ライナーノーツや歌詞に触れ、その音楽をより理解することが難しい
・再生回数によって収益が分配されるため、アーティストにとっては沢山聴かれなければCD時代と比較すると収益性が低くなる
・有形だったものが無形になることで、ある種の所有感が確実に薄れる

これ以外にもデメリットを挙げることもできるだろうが、個人的にはそれ以上の恩恵を受けていることも事実。
音楽のサブスクリプション・サービスは分かりやすく言うならば、ほぼ無限の所蔵量を誇る人類の音楽文化の図書館のようなものだ。そしてここに所蔵されていないものは、そう遠くない未来には存在すら忘れられてしまうだろう。

それでも、このサブスクリプションという音楽の無限の図書館に未だに所蔵されていない作品も数多く存在していることも事実であり、無視できない問題だ。
この記事では、そうした“なかったものにして欲しくはない”音楽作品をいくつか紹介したい。
いずれも権利者の都合でSpotify、Apple Musicといった代表的なサブスク音楽配信サービスには存在していない(2020年7月現在)作品だが、人類の音楽文化の中で決して忘れ去られてはいけないアルバムである(あくまで個人的主観です)。

サブスクでは聴けない名盤3選

① ジョアン・ジルベルト『三月の水』

“ボサノヴァの神様”と呼ばれるジョアン・ジルベルト(João Gilberto)の1973年のアルバム。原題は『João Gilberto』。ジョアンのギターと声、そしてハイハットのみという極めてシンプルな演奏を生々しく収録した名盤だが、複雑な権利関係のためかサブスクで聴くことはできない。

このアルバムは盟友アントニオ・カルロス・ジョビンが前年に発表したばかりの新曲「Águas De Março(三月の水)」で幕を開ける。ジョビンのオリジナルはリラックスしたムードの所謂“お洒落な音楽・ボサノヴァ”だが、本作でのジョアンの演奏に私は狂気すら感じてしまう。チューニングを半音近く下げたギターで、ジョアンはその右手の4本の指から複雑でいて美しいコード進行をただひたすらに繰り出す。韻を踏んだ歌詞はまるで呪文のようだ。

アルバムには他にカエターノ・ヴェローゾの(4)「Avarandado」、サンバの名曲(5)「Falsa Baiana」、劇的にかっこいいコード進行が印象的な(9)「É Preciso Perdoar」、ラスト(10)には当時の妻ミウシャとのデュエット「Izaura」を収録。余計な装飾がない分、どれもボサノヴァという音楽の真髄が剥き出しになった音楽史に残る名演だと思う。
(8)「Valsa」はその名(ワルツ)の通りジョアンには珍しい三拍子のオリジナル曲で、ミウシャとの間にもうけた娘ベベウに捧げられている。

② ジョヴァンニ・ミラバッシ『AVANTI!』

イタリア生まれのジャズピアニスト、ジョヴァンニ・ミラバッシ (Giovanni Mirabassi)初期の名盤。近年は売れすぎたのか小手先の演奏が多くなりエッジがなくなってしまった彼が、まだ尖っていた頃のソロピアノ名演だ。

アルバムは世界中の反戦歌や革命歌、人民によって愛された曲という硬派なテーマを扱っており、まるで失意のなかでその命を失った数多の人間の魂が乗り移ったかのように激しく弾かれるピアノに言葉を失う。

南米スペイン語圏で反戦や平和を願う民衆の歌としてよく知られる(1)「El Pueblo Unido Jamas Sera Vencido(不屈の民)」、フランスのパルチザンによって歌われた(2)「Le Chant Des Partisans」、チェ・ゲバラを讃えた(5)「Hasta Siempre」、平和を願うジョン・レノンの(14)「Imagine」、戦地に赴いた兵士と故郷に残してきたその恋人を描く(16)「Plaine, Oh Ma Plaine(ポーリュシカ・ポーレ)」など、並べただけで“重い”楽曲がずらりと並ぶ。

…が、ここに収められた演奏はそうした想いの部分を知らずとも、きっと一聴して心を打つものがあると思う。ピアノは独学というミラバッシが感情の赴くままに奏でるこの音楽は他のピアニストの誰とも似ておらず、叙情的で美しく、何よりも血の通った人間らしさがある。人の心から湧き出た音楽ほど素晴らしいものはないのだ。

本作はフランスの前衛的なレーベル、Sketchによって発売され、大阪発のジャズレーベル、澤野工房が販売をしているが、澤野工房の方針によって現時点でサブスク配信は実現していない。
歴史的な写真が多数収められた充実したブックレットも素晴らしく、その意味でもフィジカルを入手するべき名盤だ。

③ アレシャンドリ・アンドレス『Macaxeira Fields』

ブラジルのシンガーソングライター/ギタリスト/フルート奏者のアレシャンドリ・アンドレス(Alexandre Andres)が2013年に発表したセカンドアルバム『Macaxeira Fields』もサブスクリプションでは聴けない名盤だ。

1990年生まれ、録音当時20歳そこそこという若者による瑞々しくも音楽的におそろしく高度なこの作品は、私にとって一生ものの愛聴盤となっている。
彼の出身地であるミナス・ジェライス州はかのミルトン・ナシメントなど“ミナス派”と呼ばれるミュージシャンを輩出した土地で、自然な変拍子や浮遊感のある和音と旋律といった独特の音楽文化が形成されてきた。アレシャンドリ・アンドレスもこのミナス特有の音楽文化を継承しつつ、他にはない優れた個性で際立つ。

そしてもう一人、本作で大きな貢献をしているのがプロデューサー/アレンジャーを努めたアンドレ・メマーリ(André Mehmari)の存在だ。突出したピアニスト/作編曲家の彼による煌びやかなピアノやストリングスなどのアレンジがアレシャンドリの個性的な楽曲との奇跡的な相性をみせ、100年に一度生まれるかどうかのまさに世紀の名盤を生み出した。

(4)「Ala Pétalo」のMV。

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