【特集】イスラエル・ジャズの源流──音楽文化の発展を加速させた70年代のSSWたち

Matti Caspi

活況を極めるイスラエルのジャズとその周辺の音楽シーンを掘り下げていくと、彼らが影響を受けたイスラエルの音楽家として、70年代以降のシンガーソングライター(SSW)数人の名前が共通して挙げられていることに気付く。いずれも優れた鍵盤奏者であり、作・編曲家であり、そして魅力的な歌手だ。

これらの70〜80年代に活躍したイスラエルのSSWの楽曲は、曲名も歌詞もほとんどヘブライ語ばかりということもあり、これまで英語圏を通じてさえ情報を得ることが難しかったが、インターネットの発達やSNS等を通じたアーティスト自身の発信も多くなったこと、さらに機械翻訳の高精度化によって様々な情報が繋がるようになってきた。

そこで今回、現代まで脈々と繋がるイスラエルのハイレベルな音楽のルーツ=“イスラエル・ジャズの源流”とも呼ぶべき、ジャズを含む様々なジャンルを飲み込み優れた音楽を生み出し同国の音楽文化の発展に大きな影響を与えた3人のアーティストたちについて調べ、まとめてみた。

アヴィシャイ・コーエンやダニエル・ザミール、トメル・バールといったイスラエルの超一流ジャズミュージシャンの多くが、なぜかシンガーソングライター志向が強く、自作曲を“歌いたがる”傾向にあることも長年不思議だったが、おそらくその背景にこれらの源流となるシンガーソングライターたちの大きな影響があるのだと思っている。

イスラエル・ジャズの源流

① マティ・カスピ(Matti Caspi)

Matti Caspi
Matti Caspi (1949年11月30日 – )

イスラエルジャズの源流として、まず真っ先に挙げなければならないのが1949年生まれのSSWであり、ピアノ、ギター、ドラムス、フルートなど多数の楽器を演奏するマルチ奏者、マティ・カスピMatti Caspi, ヘブライ語:מתי כספי)だ。
彼の楽曲は、イスラエルからNYに進出したギラッド・ヘクセルマンやシャイ・マエストロ、アナット・コーエンといったミュージシャンたちによってNYのジャズクラブでも演奏されており、イスラエルのハイレベルな音楽家たちの共通のルーツとして広く認知され始めてきた。

マティ・カスピの音楽には天才的なメロディ、ハーモニーのセンスがあり、複雑な編曲だが不思議ととっつきやすい魅力がある。歌詞はヘブライ語で歌われており、そのため世界で広く知られているアーティストではないが、特にイスラエル音楽の歴史において彼の登場は重要なマイルストーンであったことは確かである。

1970年代頃から活躍を始めたマティ・カスピの音楽はクラシック、ジャズ、ラテン、ロック、中東やバルカン半島の民族音楽などが混合したものだが、特にブラジル音楽を熱心に研究しブラジル本国の音楽にも劣らないほど本格的にオリジナル曲に取り入れており、ヘブライ語の歌とも相まって彼の大きな個性となっている。カヴァー曲のアレンジセンスにも優れ、『Eretz Tropit Meshaga’at』というアルバムにはバーデン・パウエルやシコ・ブアルキなどブラジルの名曲の見事な編曲によるヘブライ語カヴァーが多数収録されている。
イスラエルジャズの現行世代であるギタリストのヨタム・シルバースタインや、クラリネット奏者のアナット・コーエンらも深くブラジル音楽へ傾倒していることで知られているが、彼らにとってブラジル的な音楽の入り口は母国で聴いたマティ・カスピなのだ。

父親はロシア系、母親はルーマニアとオーストリアのハーフ。
1960年代後半から現在まで半世紀以上にわたって活躍し続けており、これまでに1,000曲以上もの楽曲をリリースしている。
1992年生まれの娘スーヤン・カスピも歌手として活躍中だ。

▽ マティ・カスピを知る3曲

「Hine Hine」(ヘブライ語:הנה הנה)
マティ・カスピの2作目のソロアルバム『Matti Caspi 2』(1976年)収録。
複雑なコード進行の楽曲構成、軽やかなリズム、特徴的なギターやフルート、巧みなオーケストラ・アレンジ等、同時代のブラジル音楽からの直接的な影響が感じられる。
マティ・カスピはギター、ベース、キーボード、ドラムス、フルート(曲のアウトロの部分。間奏のフルート・ソロは別人)を演奏し、マルチ奏者としてのレベルの高さも窺える。
「My Second Childhood」(ヘブライ語:ילדותי השניה)
アルバム『Yalduti Hashniya』収録の美しい楽曲。どことなくフランスのセルジュ・ゲンズブールのような雰囲気も。
ピアニストのシャイ・マエストロや、ギタリストのギラッド・ヘクセルマンもこの曲をカバーし演奏している。
「עוד יבוא היום」
フレンチポップの香り漂う1978年作『Side A Side B』収録の人気曲。

② シュロモ・グロニフ(Shlomo Gronich)

Shromo Gronich
Shlomo Gronich (1949年1月20日 – )

マティ・カスピと同じく1949年生まれのSSW/鍵盤奏者のシュロモ・グロニフShlomo Gronich, ヘブライ語:שלמה גרוניך)もイスラエルのハイレベルな音楽文化に大きく貢献した人物だ。

彼はイスラエル国防軍オーケストラの指揮者を務めるなど多才で厳格な音楽家を父親に持ち、兄弟とともに幼少期から音楽教育を受け、ピアノは6歳から始めている。十代の頃にはビートルズから多大な影響を受けたようだ。

テルアビブの教育アカデミーで音楽教育の学士号を取得し、その後アメリカ合衆国に渡りニューヨークのマンヌ音楽学校で作曲を学んだ。ジャズ、クラシック、ロック、民族音楽など幅広い要素をポップスに昇華させる天才的な才能を誇り、ポップソングだけでなく映画音楽、演劇音楽、オーケストラの作編曲など活躍の範囲も幅広い。

1971年にアルバムデビュー。前述のマティ・カスピともこの頃に出会い、コラボレーションもするなど、今日に至るまで盟友として切磋琢磨している。

シェム=トーヴ・レヴィ(Shem-Tov Levi)らとバンドを組んで1975年に発表した『קצת אחרת』は多様な音楽的要素が詰まった名盤だ。

▽ シュロモ・グロニフを知る3曲

「יש לי סימפטיה」
シュロモ・グロニフが米国ニューヨークに住んでいた1979年に、イスラエルの著名な詩人Meir Wieseltir の詩に作曲したもの。
やたらとハイなラテン調で、間奏部の複雑な高速フレーズも最高にかっこいい。
「Nueva」(ヘブライ語:נואבה)
シュロモ・グロニフの独特のメロディーセンスと、それに絡むバンドアレンジも秀逸。
「שיר הנסיעה」
ブリティッシュ・ロックからの影響も色濃い1975年作『קצת אחרת』の冒頭に収められた曲。
メンバーにはのちにシェシェット(Sheshet)というバンドを率い活躍するフルート奏者シェム=トーヴ・レヴィも擁し、当時のイスラエル国内で最も先進的な音楽として評判になった。

ヨニ・レヒテル(Yoni Rechter)

Yoni Rechter
Yoni Rechter(1951年11月8日 – )

ヨニ・レヒテル(Yoni Rechter, ヘブライ語:יוני רכטר)は1951年生まれのSSW/鍵盤奏者。
兵役後、1973年にカヴェレ(Kaveret)というバンドを結成。デビュー作『Poogy’s Tales』はカンタベリー・ロックと米国のフュージョンが融合したようなユニークなサウンドで、今聴いても面白い。
カヴェレは1976年に解散するまで多くのヒット曲をつくり、イスラエルを代表するバンドとなった。

1979年に初のソロアルバム『Intensions』をリリース。エレピも効果的に使い、ジャズ、クラシック、ロックの美味しいところを器用にブレンドし、それでいてそれぞれの要素が薄まらず濃厚なまま仕上げている。どうしたらこんな魔法のような音楽ができるんだろうと不思議に思えてならない作品だ。

様々なジャンルの音楽を吸収しているのは前出の二人と同様だが、ヨニ・レヒテルは彼らよりもう少しクラシック的な表現が強い。即興も多いが、楽曲自体が緻密に設計されている印象でじっくりと聴き込むことができる。

ヨニ・レヒターは2008年に芸術、科学、文化における並外れた業績に対して授与されるEMET賞を受賞している。

ヨニ・レヒテルを知る3曲

「גולית」
ヨニ・レヒターの最初のバンド、Kaveretのデビュー作『Poogy’s Tales』からの1曲。
ユニークで瑞々しい旋律、コーラスが眩しい名曲だ。
「לא מכירים」
ソロデビュー作『Intensions』からの1曲。
アルバムは全体的にヨニ・レヒターのピアノを軸としたピアノ・ジャズ・ロックともいうべき仕上がりだが、西洋のクラシック音楽からの多大な影響が感じられ楽曲のクオリティーはおそろしく高い。
「Atur Mitz’chech」(ヘブライ語:עטור מצחך)
国民的歌手アリク・アインシュタイン(Arik Einstein)をフィーチュアし、大ヒットした。
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