大病を克服した“ピアノの詩人”フレッド・ハーシュ、コロナ禍で綴った内省的ソロピアノ

Fred Hersch - Songs From Home

フレッド・ハーシュ、コロナ禍のなかで録音された叙情的ソロピアノ作品

その叙情性で“ピアノの詩人”の異名で讃えられる米国のジャズピアニスト、フレッド・ハーシュ(Fred Hersch)の2020年新譜『Songs From Home』。そのタイトルが示すように、新型コロナ禍によってコンサートも思うようにできなくなってしまった偉大なピアニストが、自宅のピアノで録音したソロ演奏が10曲、収録されている。

聴いてみると、キース・ジャレット(Keith Jarrett)が慢性疲労症候群という病気から復帰して初めて自宅で録音したソロピアノの名盤『The Melody At Night, With You』(1999年)に匹敵するような内省的で非常にパーソナルな内容で、米国の著名な曲を数多く取り上げたその選曲も同様にキース・ジャレットの作品を想起させる。

ミュージカル映画『マイ・フェア・レディ』の(1)「Wouldn’t It Be Loverly」、ジミー・ウェッブ(Jimmy Webb)の(2)「Wichita Lineman」、ジョニ・ミッチェル(Joni Mitchell)の(4)「All I Want」、ケニー・ホイーラー(Kenny Wheeler)の(8)「Consolation (A Folk Song)」など、題材はさまざまながら、フレッド・ハーシュはどれも深淵で思慮深いピアノで詩的な叙情を響かせる。

ジミー・ウェッブの名曲(2)「Wichita Lineman」のカヴァー。

数多くの名曲のカヴァーの中において、(6)「West Virginia Rose / The Water is Wide」、(7)「Sarabande」と続く自作曲の素晴らしさも聴き逃せない。

ビートルズ「僕が64歳になっても」のカヴァーが沁みる

ラストはレノン&マッカートニーの(10)「When I’m Sixty Four」(実際はポール・マッカートニーが16歳のときに作曲した曲)。“64歳になっても僕を必要としてくれる?”と恋人に問いかける、ビートルズ名盤『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』に収録の曲だが、1955年10月生まれのフレッド・ハーシュもこの本作の録音当時64歳。どこか楽しげな弾むような演奏がとても印象的だ。
フレッド・ハーシュは1984年にHIVウイルスに感染、2008年にはウイルスが脳に転移し2ヶ月間の昏睡状態に陥っている。その後懸命の治療とリハビリによって復帰を果たしており、それこそ自分が64歳まで生きていられるとは思っていなかったかもしれない。
新型コロナ禍のなか、ピアノと向き合って「When I’m Sixty Four」を弾く彼はいま、きっと命の喜びと生きる幸せを噛み締めているのだろう。

(10)「When I’m Sixty Four」のライヴ演奏。

Fred Hersch – piano

Fred Hersch - Songs From Home
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