複雑なリズムと旋律の絡み合いが楽しい『Apophenia』
スペイン生まれ、ロンドンで活躍するトランペッター、ミゲル・ゴロディ(Miguel Gorodi)をリーダーとするノネット(九重奏)のデビュー作『Apophenia』は、緻密で丁寧なアレンジによって9人の奏者それぞれが複雑に絡み合うアンサンブルが、まるで幾何学模様のような不気味な美しさを湛える知られざる良盤だ。
アルバムのタイトル“アポフェニア”とは、無意味で単なる偶然にすぎない情報の中から規則性や関連性を見出そうとする知覚作用のことで、個人によって程度の差こそあれ、人間の普遍的な傾向として見られるものだ。身近な例としては自分と同じ誕生日の著名人に因果性を見出そうとしたり、偶然に自然界に現れた模様や物の配置に人間の顔や動物の形を知覚したりする現象は誰しも身に覚えがあるのではないだろうか。
ミゲル・ゴロディは、たとえ出来事や事実そのものに意味はなくても、そこに価値を見出そうとする人間の想像力に魅了されているという。そうした価値の創出のプロセスはアートそのものであり、尊いものだからだ。
(1)「La Nausée」──フランス語で“吐き気”を意味するこの単語は、ジャン=ポール・サルトルの小説から引用されている──の冒頭からアンサンブルは目眩の如きフレーズと不協和音と過激なダイナミクスでリスナーを彼らの世界観に引き摺り込もうとする。鋭いソロをとるトランペット、しなやかなフルート、ゆったりと危うげな和音をのせるヴィブラフォン、低音にはコントラバスとチューバもいる。どの曲も丁寧なアレンジが施されているが即興の余地も大きく残されており、9人の奏者が複雑なリズムと旋律の絡み合いを楽しみながら演奏している。哲学的だが決して難解すぎない、このレベルのクオリティの音楽作品に出会えることは嬉しい喜びだ。
スペインに生まれ、中東とアジアを経てイギリスへ
1990年にスペインに生まれ、幼少期を過ごしたミゲル・ゴロディはその後サウジアラビアとタイを経て2006年にロンドンに移った。ジャズではスティーヴ・コールマン、スティーヴ・リーマン、タイショーン・ソーリー、セロニアス・モンク、ウェイン・ショーターなどから、そしてクラシックや現代音楽ではルイ・アンドリーセン、ジェラール・グリゼー、ペア・ノアゴー、ストラヴィンスキーなどから影響を受けたという。
2016年に自身のノネットを結成し、2019年に初のアルバムとなる今作『Apophenia』でデビューした。近年UKジャズ界隈では注目されるシード・アンサンブル(SEED Ensemble)のメンバーとしても注目の逸材。
Miguel Gorodi – trumpet, flugelhorn
Gareth Lockrane – flutes
Michael Chillingworth – alto sax, clarinet
George Crowley – tenor sax, bass clarinet
Kieran McLeod – trombone
Ray Hearne – tuba
Ralph Wyld – vibraphone
Conor Chaplin – double bass
Dave Hamblett – drums