今も変わらぬMPB女王の貫禄。マリーザ・モンチ、10年ぶりの新譜

Marisa Monte - Portas

マリーザ・モンチ10年ぶり新譜『Portas』

ここ約30年間のブラジルのポピュラーミュージックのシーンを常に第一線で牽引してきたシンガーソングライター、マリーザ・モンチ(Marisa Monte)が、前作『O Que Você Quer Saber de Verdade』(2011年)から実に10年ぶりとなるスタジオ録音新作『Portas』を彼女の54歳の誕生日である2021年7月1日(現地時間)にリリースした。

ブラジルを代表する歌姫マリーザ・モンチの存在感はやはり今でも相当に大きい。私の観測範囲ではかなり多くのブラジル音楽ファンがこの新譜にSNSで反応していたし、日本語メディアでもBarksや、Yahoo!ニュースにも掲載されたCD Journalの記事などがリリースにあわせ公開されている。“MPBの女王”の異名は10年のアルバム的な空白期間を経ても尚その魔力を失っていなかった。この新作はiTunesのMPBカテゴリのヒットチャートでリリース直後にブラジル、アメリカ合衆国、イギリス、ドイツ、スペイン、イタリアなどなど多くの国で1位を獲得。ほぼ2年前の2019年5月に彼女が新作の制作のためにしばらく表舞台から姿を消すことを示唆して以来、世界中のファンが待ち侘びていたことが窺える。

アルバムのゲスト参加者や関係者も話題性のあるメンツが揃っているが、前出の他メディアで散々言及されているのでここでは特にそれには触れない。

今作の特長は、10年間の年月を経ているにも関わらず、まったく変化のない“マリーザ・モンチそのもののサウンド”にある。たとえ予期せぬパンデミックによって録音がリモートになったとしても、彼女の音楽は昔と変わらなかった。アルバムを通して聴いたあとに得る感想は、これまでと変わらないマリーザ・モンチの音を聴けたという喜びがほとんどを占める。そして、自分もその音を聴く前からどこかで期待していたことにも気付かされた。

今作は間違いなく素晴らしい。多くのMPBファンが期待していた音楽がここにあることは断言できる。
シンプルだが丁寧に作られたトラックは間違いなく一級品だし、いつも通り肯定的で楽観的だがどこか憂いを帯びたマリーザ・モンチの歌声は美しく魅力満点だ。多くの人がこの素敵な音楽から勇気をもらい、これから長く聴かれ続け、中には新しいスタンダードのようになっていく曲もあるのだろう。

(1)「Portas」
「扉」を意味するタイトルのこの曲では、どの扉にもその先に続く道があり、開ける扉はどれか一つだけに選ぶ必要はないと歌う。

しかし同時に、ポピュラー音楽というジャンルがとても硬性な音楽であることにも思いが及んでしまう。
変われないのか、変わろうとしないのかは分からない。

おそらくリスナーが求めるマリーザ・モンチ像に対して、アーティスト本人や周辺関係者が応えた結果がここにあるのだと思う。ポピュラー音楽の世界では、ほとんど誰もがアーティストに対して革新性や芸術性などは求めていない。彼らはただ、憧れのポップスターを見たり聴いたりした後に得られる心の安泰がほしいだけ。
そしてこれがポピュラー音楽の固定的で麻薬的な市場原理であり、ある種の限界なのだ。

(7)「Praia Vermelha」
演奏にはカルリーニョス・ブラウンと、その息子シコ・ブラウンが参加している。
(8)「Totalmente Seu」
クリシェの教科書のような曲で、もちろん間違いなく美しい。
Marisa Monte - Portas
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