ゆったりと時間が流れる、台湾のSSWイリー・カオルー新譜
穏やかで心の落ち着く音楽を求めているなら、台湾の女性シンガーソングライター、イリー・カオルー(Ilid Kaolo, 以莉.高露, イリッ・カオロ)の2021年作『尋找你』は間違いないおすすめだ。彼女が弾くガットギターを中心に歌われる曲は素朴な台湾の伝統音楽の影響に、ボサノヴァやジャズのエッセンスをゆるくまぶしたような温かみがたっぷりと感じられるのが特長。おおらかなアミ語や中国語での歌唱も美しく、どこか懐かしさも感じさせる。
(1)「17歲的你」(17歳のあなた, Seventeen)は15歳の頃に年齢を偽って大阪商船株式会社の船員となり、憧れの海での仕事を始めたが、1944年に一般徴傭船・山鬼山丸に乗って物資を横須賀港から南太平洋に運ぶ途中、アメリカ軍の爆撃により珊瑚礁の海の底に沈んでしまったというイリー・カオルーの夫であり本作のプロデューサーであるチェン・グァンユーの実在した大叔父の物語を歌っている(その物語はYouTubeで日本語の朗読で聞くことができる)。
(2)「夾在書裡的一封信」(本にはさまれた一通の手紙, Letter Never Sent)はどこか大西洋のクレオール文化圏の音楽をも思わせる軽やかさとサウダーヂを持ち合わせた曲。ピアノやチェロの音も温かい。
アルバム表題曲(3)「尋找你」(あなたをさがして, Longing)は南米のネオ・フォルクローレの静かで洗練された響きを彷彿させる美曲。
(5)「女人島」(The Island of Women)や(7)「項鍊」(ネックレス, The Necklace)はより素朴で民族的な響きが良い。命の輝きと、どこまでも広く美しい太平洋と空の青さの音だ。
全編にわたり、海や砂浜といった美しい風景、語り継がれてきた神話、温もりのある人の生活といった光景に包まれた美しいアルバムだ。イリー・カオルーの歌う言葉は理解できなくとも、その情景は優しさとともに心にそっと響いてくる。
台湾原住民族出身のシンガーソングライター
イリー・カオルーは台湾・花蓮県鳳林鎮の原住民族アミ族(阿美族)の出身。7才から台北で育った。結婚後は夫で音楽家/プロデューサーのチェン・グァンユー(陳冠宇)とともに故郷の花蓮県に移り住み、農業を営む傍ら、母語であるアミ語と中国語で作詞作曲を行っている。ニックネームは「小美(シャオミー)」。
2011年にデビューアルバム『My Carefree Life(輕快的生活)』で台湾の栄誉ある音楽賞、金曲獎で最優秀新人賞、原住民歌手最優秀賞、原住民語アルバム最優秀賞を受賞し一躍人気者に。2017年に初来日しフジロックフェスティバルでも公演を行っている。
現在は台東の海の近くに家族とともに暮らし、子育てや農業を行いながら創作活動を続けている。