偉大な芸術家セルジオ・ヒカルドと二人の子供たち
ブラジルは2020年7月、新型コロナ禍の中でセルジオ・ヒカルド(Sérgio Ricardo, 本名:João Lutfi, 1932 – 2020)という文化的に重要な人物を失った。偉大なピアニスト/シンガーソングライターであり、映画監督や俳優としても活躍した彼の功績は計り知れないが、没後1周年が経過した2021年、彼の娘であるマリーナ・ルトフィ(Marina Lutfi)と、息子であるジョアン・グルジェル(João Gurgel)がそれぞれ父親の文化的遺産を受け継いだ素晴らしい音楽作品を完成させた。
マリーナ・ルトフィ『Outra Dimensão』
セルジオ・ヒカルドの娘マリーナ・ルトフィ(Marina Lutfi)のアルバム『Outra Dimensão』は2021年8月にリリースされた。マリーナが父と初めて公で共演したのはセルジオのアルバム『Quando Menos Se Espera』(2001年)で、その後徐々に共演の機会も増えていった。マリーナは幼い頃から父セルジオといつも一緒に歌っていた。5年の制作期間を経て発表された今作では、(2)「Barravento」で父娘の“最後の共演”を聴くことができる。今作ではほかに(5)「Cacumbu」と(8)「Esse Mundo É Meu」がセルジオの曲だ。
ボサノヴァの流れを汲むMPBらしい透明感のある声に、ギターやパーカッションを中心に巧みにデザインされたサウンド、随所に散りばめられた丁寧な音響効果などが魅力的な素晴らしいアルバムに仕上がっていて、ブラジル音楽の豊かさをあらためて思い知らされる。
ジョアン・グルジェル『Conversação de Paz』
2021年12月にリリースされたセルジオの息子ジョアン・グルジェル(João Gurgel)のアルバム『Conversação de Paz』にはセルジオ・ヒカルドが残した8つの曲が収録されている。原曲はサンバやボサノヴァだが、今作ではジャズ、ソウル、ファンク、ロックといった要素を取り入れた新解釈が披露されている。現代の最先端のジャズミュージシャンの新曲と言っても通用するような見事なアレンジで、ジャケットのイメージにも表れているようにパッチワークのようなカラフルかつクレイジーな触感も最高に良い。
数曲でヴォーカルで姉のマリーナ・ルフティも参加。
(3)「Cacumbu」はセルジオの『Ponto de Partida』(2008年)が初出の曲で、前述のマリーナのアルバムにも収録されており聴き比べも面白い。
トロピカリアの影響も受けプロテストソングの象徴でもあったセルジオ・ヒカルドの正当な後継として、さらにサウンドを(そのサイケさを失わないまま)現代的に進化させたジョアン・グルジェルのこの作品は文字通りの傑作といえる。