Andréa Pinheiro & Jacinto Kahwage『Voz Passional: Jorge Andrade』
ブラジル・パラー州の重要な詩人/作曲家のジョルジ・アンドラージ(Jorge Andrade)の珠玉の楽曲群を、歌手のアンドレア・ピニェイロ(Andréa Pinheiro)とピアニストのジャシント・カワジ(Jacinto Kahwage)がカヴァーしたアルバム『Voz Passional: Jorge Andrade』が素晴らしい。
おそらく、前述の3名ともに日本ではまったく無名の存在だろう。検索しても日本語での言及は一切ヒットしないし、もっといえば現地ブラジル・ポルトガル語の情報さえも不足気味だ。
そんなアーティストの作品を本稿で取り上げたいと思った理由は、この音楽が限りなく素晴らしいもので、埋もれさせておくにはあまりに惜しいものだからという理由に他ならない。
(1)「Flor da Ausência」から、シンプルながら抑揚の効いたジャシント・カワジのピアノと、飾らない美しさのアンドレア・ピニェイロのヴォーカル、そして何よりもあまりに美しい楽曲の主旋律とハーモニーに心を強く打たれる。わずか2分程度のこの曲で、私は完全に惹き込まれてしまった。ドラマチックで感動的だが、大袈裟ではなく正直で嘘がない、本物の音楽。
アルバムはピアノと声が中心だが、曲によっては控え目なパーカッションやアコーディオンも加わる。(2)「Sutilezas」は“機微”を表すタイトルが示すとおり、明るく前向きながら繊細な感覚を備えている。文学的で詩情漂う(3)「Amar Ultrapassa」や(4)「Canção Adiada」など、ゼー・ミゲル・ウィズニキやアンドレ・メマーリといったサンパウロの天才音楽家たちに通じる素晴らしさだ。
心躍るマルシャのリズムとパンデイロの伴奏が印象的な(6)「Marcha-Rancho da Noite Estrelada」や、ピシンギーニャを彷彿させるゆったりとしたショーロ(8)「Carta Branca」、アコーディオンが郷愁の対旋律を奏でる(9)「Cantiguinha de Não Ir Embora」など、アルバム全編が名曲・名演といって過言ではない。
サブスクがなければ絶対に出会えなかったであろう地球の裏側のあまりに美しい音楽。
作曲家のジョルジ・アンドラージは“芸術は異文化同士の対話を助け、世界を近づけるのに役立つ”と確信しているという。まさにその通りだ。私はもっと彼らのことを知りたいし、どんな哲学がこの素敵な作品を生んだのか知りたいと思う。
プロフィール
歌手のアンドレア・ピニェイロ(Andréa Pinheiro)は1970年パラー州の州都ベレン生まれ。父親はギタリストで、彼女もまた小さい頃からギターを習った。
1987年からプロとして活動を開始し、劇場やナイトクラブ、音楽祭などで歌唱。1994年から2000年まではベレンの劇場Theatro da Paz のオーケストラの専属歌手も務めた。
ピアニストのジャシント・カワジ(Jacinto Kahwage)は1985年にプロとして活動を開始以来、いくつもの番組、LP、CD、DVDのほか、ドキュメンタリーや短編映画のサウンドトラックに楽器奏者、アレンジャー、プロデューサー、サウンドエンジニアとして関わってきた。自身のアルバムとして代表作は『Choros Urbanos』(2015年)など。