奇術のようなサウンド・デザイン。仮面のピアニスト、ランバート新譜『All This Time』

Lambert - All This Time

気鋭アーティスト Lambert、8枚目のアルバム

仮面で素顔を隠し活動するドイツのピアニスト/作曲家ランバート(Lambert)による実験的な新譜『All This Time』。カテゴライズするとしたら、ジャズか現代音楽、もしくはクラシック・クロスオーヴァーか。エレクトロニックも交え、刺激的な世界観だが、音は聴きやすく万人にもおすすめできる作品だ。

短調の陰鬱な(1)「Bummel」から、彼の閉じた世界へと誘う吸引力の凄まじさ。彼自身のアイデンティティを隠すことによって生まれる効果は計り知れない。ランバートのそれは、蟻地獄のように、あるいは渦潮のように近くを通り過ぎるものを捉え、飲み込もうとするのだ。そのブラックホールはショパンもエリック・サティ、ビル・エヴァンス、そしてニルヴァーナやオアシスによって形作られている。これでは当然、光でさえも逃れられない。

(1)「Bummel」

(4)「Stolper Jim」も面白い。曲名の「Stolper」は英語でstumble、つまり“つまずく”の意味で、その名の通りところどころリズムが躓き、リスナーにある種の引っ掛かりを与えるのだが、不快でもなく、何となく気になる程度の絶妙なバランスで差し込まれその巧妙な罠に感服させられる。これは音楽における所謂“不気味の谷”と言えるのではないだろうか。

曲名通り、所々ぎこちなく躓くようなリズムが面白い(4)「Stolper Jim」

ジャズ・スタンダードの(8)「Cry Me a River」はピアノの即興演奏自体は比較的オーソドックスだが、音色やエフェクトなどのサウンド・デザインが新鮮。

謎に満ちたピアニスト、Lambert

ランバートは2014年に『Lambert』でデビューして以来、ライヴを含め常にサルデーニャの仮面を被った姿で登場し、その素顔を見せていない。ドイツのハンブルク出身ではないかと言われているが、それも公式に発表されたものではないようだ。

デビュー以来ほぼ毎年アルバムをリリース。楽曲はオリジナルだけでなく、オアシス(Oasis)、ハイム(Haim)、デヴィッド・ボウイ(David Bowie)、フェニックス(Phoenix)などを多様なジャンルをカヴァーしており、その指向の広さを窺わせる。
また、映画のサウンドトラックも手がけるなど精力的に活動を行なっている。

「独自の世界を創造して、そこに身を潜めるのが好き」と語る彼は、稀代のアウトサイダー・アーティストなのかもしれない。

Lambert – piano, synth, keyboards, effects
Felix Weigt – bass
Luca Marini – drums

Lambert - All This Time
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