ヨニ・メイラズのデビュー作は、音楽を通じた悪霊祓いの物語
イスラエル出身でロンドンを拠点に活動する鍵盤奏者ヨニ・メイラズ（Yoni Mayraz）による初のフルレンス・アルバム『Dybbuk Tse!』は、ヒップホップやネオソウル、ロックの影響も感じさせるハイブリッドな現代ジャズ作品だ。
バンドメンバーにはフルート奏者ジョー・メルニコヴ（Joe Melnicove）や若手ギタートリオ「KENS」のベーシストのエリ・オル（Eli Orr）、ドラマー/ビートメイカーのロイ・リーミー（Roy Reemy）など活発なイスラエルのジャズシーンの中でも特に勢いのある精鋭を揃え、先進的な演奏を聴かせてくれる。
アルバムタイトルにあるディブク（Dybbuk）は、東欧のイディッシュ文化において信じられる悪魔憑きを行う悪霊のこと。ここでは幾世代にも渡って積み重ねられてきた負の遺産をディブクに喩え、その重荷と償いを背負わされている若者世代の声を音楽に乗せて届けようとしている。タイトルの「Dybbuk Tse!」とは憑依した体から霊を取り除く呪文で、音楽を通じた悪霊祓いについての物語がこの音楽に託されているのだ。
そうした物語の背景を知らずとも、本作はクオリティの高いグルーヴ・ミュージックとして大いに楽しめるが、そのコンセプトを知った上で聴くと音楽からは物語の行間が聴こえてくる。繰り返されるベースラインやドラムスのリズム、シンプルながら効果的なコードチェンジはトランスを誘う。ヨイ・メイラズは主にエレクトリック・ピアノを弾き、フレーズには70年代以降のエレクトリック・フュージョンの影響も伺える。中東音楽らしい変拍子もごく自然に取り入れられ、サックスやトランペットはジャズの伝統に則り、アンサンブル全体では即興を中心に見事な一体感を見せている。
「ダークな雰囲気のあるものを書きたかった」とヨニ・メイラズは語る。
彼の文化的背景と音楽的影響の双方を顕にするこのデビュー作は、伝統的なものと新しいものの融合をもってアーティストの現在地を指し示している。
アルバムはロンドンの人気ビートメイカー、エリック・ロウ（Eric Lau）がミックスを手がけ、ロバート・グラスパー『Black Radio III』やドレイクの『Views』などを手がけたエンジニアのクリス・アセンズ（Chris Athens）がマスタリングを担当している。
Yoni Mayraz – keyboards
Eli Orr – bass
Roy Reemy – drums
Matan Vardi – saxophone
Joe Melnicove – flute
Roy Zuzovsky – trumpet