音楽はクラシック、アーティストはプラットフォーム。インコグニートにみる”いい音楽”のひとつのあり方。
2023年も残りわずか。
まさかこのタイミングでこのような朗報が訪れるとは思わなかった。
2019年の『Tomorrow’s New Dream』より4年ぶり、通算19作目のアルバムとなるインコグニート(Incognito)の新作『Into You』が発表されたのは10月末の事だ。
とはいえ、ずっと彼らの音楽を追い続けていたかと言うとそうではない。
インコグニートに初めて触れたのは2002年頃、『Life Stranger than Fiction』だったと記憶している。当時、彼らによって”アシッドジャズ”に傾倒したのは言うまでもなく、今でもジャズにどこかクラブグルーヴを求めてしまうのは、まさに彼らに”教育”されてしまったからだろう。
それから約四半世紀。インコグニート自体は約半世紀近くのキャリアを築いているわけで、正直なところ、この新作はオールドミュージック化、もしくはもはや当時の音楽性は影も形もなく、思い出は思い出として終わってしまうだろう。そう思っていた。再生をする前は。
実際に蓋を開けてみるとどうだろう。
いい意味でまるでタイムマシンに乗って届けられたような懐かしくも新しい音楽の数々。
時代時代に合わせてアップデートしていくことは出来ても、この「懐かしくて新しい」を表現することは中々出来ることではない。
少しでもどちらかに振りすぎてしまうと、たちまちそれは音楽の焼き増しや陳腐化、アイデンティティの喪失につながってしまうからだ。
恐らく、インコグニートは約半世紀の間変わっていない。変える必要がないと言った方がいいだろうか。
時代に左右されることのない”いい音楽”だけを作り続けることにフォーカスしているからこそ変える必要もなく、陳腐化もしない。
つまり、インコグニートの音楽はもはや”クラシック”なのである。
一方で、インコグニートは”プラットフォーム”でもある。
ジャン・ポール・’ブルーイ’・モーニック(Jean-Paul ‘Bluey’ Maunick)が唯一無二の中心人物であること以外、流動的にバンドメンバーが変わるインコグニートは、常に”人”によってアップデートが図られているとも言える。
インコグニートの言葉が意味するものは「匿名」。
いい音楽にバイネームは必要ない。
そんなブルーイの考えも透けて見えるのではないだろうか。
インコグニートのキャリアを彩るディーヴァたち
インコグニートでは、過去様々なアーティストがボーカルを取っている。
スポット的にはチャカ・カーン(Chaka Khan)なども参加したこともあるが、大きく分けて歴代のディーヴァとも呼べるシンガーは初期インコグニートを支えたメイザ・リーク(Maysa Leak)、イマーニ(Imaani)、前作でフィーチャーされたシェリ・V(Cherri V)がそれに当たるだろう。
シェリ・Vは今作でも4曲で参加しているが、一方今回最多5曲でボーカルを取ったのは、若い時からエイミー・ワインハウス(Amy Winehouse)と比較され、ヴァーヴでのデビューから既に10年のキャリアを持つナタリー・ダンカン(Natalie Duncan)。
彼女がディーヴァの系譜に名乗りを上げるのか、それともシェリ・Vがやはり引き続き、今のインコグニートにとってのディーヴァなのか。
このあたりも目が離せない。
ハウス〜アシッドジャズまで、バラエティ豊かなインコグニートサウンドが詰まった新作
作品に目を向けてみよう。
シングルカットもされている(1)「Keep Me In The Dark」はナタリーのボーカルによるもの。
都会的で爽やかなドライブ感のある楽曲と歌声は、Paris Matchの『type Ⅲ』の一曲目「Saturday」を初めて聴いた時と同じような感覚を覚える。これがやはり「懐かしくて新しい」という感覚なのだろう。
(2)の表題曲「Into You」はシェリ・Vによりミッドバラード。シェリ・Vはどちらかというとダンスナンバー担当かと勝手に思っていたが、こんなに透明感のあるボーカルだったのかと、いい意味で発見のあった曲だ。
(3)「Nothing Makes Feel Me Better」はフランスのバジーレ・プティトゥ(Basile Petite)とベルギーのドリュー・ワイネン (Drew Wynen)によるハウスナンバー「Grosse Soiree」のインコグニートアレンジ。ホーンセクションやボーカルが加わることにより、テイスト・オブ・ハニー(Taste of Honey)「Boogie Oogie Oogie」のようなディスコクラシックに仕上がっている。
(7)「Reconcile the Pieces」はナタリーと共に、こちらもインコグニート作品の常連、トニー・モムレル(Tony Momrelle)が参加。「インコグニートのスティーヴィー・ワンダー(Stevie Wonder)」と呼ばれる彼だが、個人的にはその座にはキッコ・アロッタ(Chicco Allotta)と彼が参加した(13)「1993」を推したい。ファンキーなトラックとソウルフルな歌声を聴けば、この意味がわかるはずだ。
また、本作のハイライトと言えるのが、ビブラフォンの音色とギターが大人の色気を感じるインストナンバー(11)「Close To Midnight」。
ビブラフォンでフィーチャーされているのは、俳優としてもマライア・キャリー(Mariah Carey)の『グリッター』などに出演するマックス・ビーズリー(Max Beesley)。90年代、インコグニートのみならず、ブランニュー・ヘヴィーズ(The Brand New Heavies)のツアーなどにも参加していた才人の参加は往年のアシッド・ジャズファンにはたまらないサプライズだろう。
ジェームズ・バークレー(James Berkeley)の甘い歌声が秀逸な(15)「Tell Me Something」の流れから、インストナンバー(16)「Back on the Beach」で本作は締め括られる。そしてそこに残るのはこの上ない多幸感だ。
これから先、ブルーイの音楽は変わらずアップデートされていくのだろう。
インコグニートとの邂逅を喜ぶとともに、改めて今後紡ぎ出される音楽を今から心待ちにしたい。
プロフィール
英・ロンドン発のアシッド・ジャズ・グループ。ジャン・ポール・“ブルーイ”・モーニックによるバンド、ライト・オブ・ザ・ワールドを母体として1979年に結成。ジャイルス・ピーターソンの支援で本格的な活動を開始し、メイサ・リークやジョセリン・ブラウン、トニー・モムレルほか実力派シンガーを擁して90年代のアシッド・ジャズ・ムーヴメントを牽引。以降、流動的にメンバーを入れ替えながら、世界各地で精力的なライヴ活動を展開。来日公演も多数。
(Tower Record Online アーティストプロフィールより抜粋)