アルトゥール・グリゴリアンへの愛情溢れるトリビュート
長い闘病の末、2022年に63歳で亡くなったアルメニアを代表するシンガーソングライター、アルトゥール・グリゴリアン(Arthur Grigoryan, 1958 – 2022)。彼が残したアルメニアのポピュラー音楽史を彩る名曲をピアニストのバハグン・ハイラペティアン(Vahagn Hayrapetyan)、チェリストのアルチョーム・マヌーキアン(Artyom Manukyan)、そしてドラムス奏者アーマン・ムナツァカニャン(Arman Mnatsakanyan)が美しいジャズで奏でるトリビュート作『Music of Arthur Grigoryan』。
キャッチーなメロディを持ちながら、元々AOR的でジャズの要素が強いアルトゥール・グリゴリアンの楽曲群のジャズアップは見事なハマり方で、原曲の良さを活かしながらジャズとしても完成度の高いアレンジ。一般的なジャズ・ピアノトリオのアップライトベースの役割はチェロが担っており、ソロを含め低音から中高音域まで幅広く使ったその演奏にも注目だ。
(1)「Meghedi」では晩年のアルトゥール・グリゴリアンがステージなどで弾いたアルメニアの伝統的な音律を取り入れたイントロを再現。ふくよかなチェロのピッツィカートとドラムスのブラシに乗るアンニュイなピアノが美しく、いきなり胸を抉られる。
アルトゥール・グリゴリアンという作曲家/歌手はアルメニア国外ではほとんど知られておらず、私も今作を聴くまで全く知らない存在ではあったが、首都エレバン生まれの彼はアルメニアの音楽産業の発展に寄与してきた人物として評価されているようだ。ポピュラー音楽のフィールドで活躍したのち、1992年にはアルメニア国立フィルハーモニー協会の会長に就任、さらには1994年までアルメニア国立ジャズオーケストラの芸術監督を務めるなどジャンルの境界を問わず活躍。国家からアルメニア名誉芸術家、アルメニア人民芸術家の称号を授与されている。
サブスクでは、アルトゥール・グリゴリアンのベスト盤『Best of the Best』など彼の作品も聴くことができるので、気になる方はぜひ原曲と聴き比べながら本作を聴いてみてほしい。
感傷的な名曲「Drner」は抒情的なソロピアノ(2)とラテン風の軽快なバンド・アレンジの終幕(9)で2度演奏される。
個人的なお気に入りはブラジル音楽からの影響も伺えるアルトゥール・グリゴリアン初期の名曲(8)「Yerevan」のカヴァー。原曲のエモーショナルな感じを残しつつ現代的なジャズに昇華しており、素晴らしい。
Vahagn Hayrapetyan – piano
Artyom Manukyan – cello
Arman Mnatsakanyan – drums