カヴィータ・シャー、カーボベルデの音楽モルナを歌う
インド系アメリカ人のシンガー、カヴィータ・シャー(Kavita Shah)がカーボベルデのサンヴィセンテ島に計7年間滞在して制作した『Cape Verdean Blues』。カーボベルデの伝統的な大衆音楽モルナに魅せられ、2014年のアルバム『Visions』でセザリア・エヴォラ(Cesária Évora, 1941 – 2011)の「Sodade」を歌った彼女が本格的にカーボベルデ音楽に取り組んだ作品で、同国の文化、とりわけセザリア・エヴォラという偉大な歌手への心からのリスペクトを感じさせる素晴らしいアルバムに仕上がっている。
選曲は多くがセザリア・エヴォラが歌った曲のカヴァー。(1)「Angola」はセザリア・エヴォラの歌唱によって広く知られることになった曲で、ややアップテンポの「コラデイラ(coladeira)」と呼ばれるダンス・ミュージックの形式がとられている。カヴィータ・ショーは原詞のクレオール語で情感豊かに歌う。歌詞はアンゴラの人々へのオマージュで、彼らがいかにパーティーで楽しい時間を過ごすのが好きかを歌っているが、内戦中のアンゴラに住み、故郷から遠く離れた場所で死にたくないというカーボベルデ人の視点から語られているという解釈も存在する。
深い悲しみを湛えたモルナ(2)「Flor di nha esperança」(私の希望の花)はカーボベルデに伝わる伝統歌で、「若者も死ぬことがあると知っていたら、私はこの世界で誰も愛することはなかったのに」という歌詞で始まる。ここでは打楽器類をいっさい用いず、カヴィータの声とバウ(Bau)による弦楽器のみで演奏される。
(3)「Joia」はカーボベルデにルーツを持つセネガル人SSWボーイ・ジェ・メンデス(Boy Gé Mendès, 1952 – )作曲。タイトルは「宝石」の意味で、母親が買ってきてくれたカーボベルデのお菓子を宝石に喩え、自分のルーツに想いを馳せる作者自身の経験を歌っている。
(4)「Um abraço di morabeza」はカヴィータ・シャーのオリジナル。カーボベルデの島で生きることを学び、愛を込めて歌うモレニーニャ(褐色の肌の女性)である自身のことを歌っている。
コラデイラとブラジルのサンバが混合した(5)「Amor di mundo」も良い。
古来より航路の要所であったカーボベルデには南米からヨーロッパに向かう多くの船が立ち寄り、ブラジルから音楽文化や楽器がもたらされた。
(7)「Flor de lis」はブラジルのSSW、ジャヴァン(Djavan, 1949 – )の名曲。カヴィータがかつてブラジルを訪れ、セアラ州沿岸の小さな漁村のカフェに座っていたときにラジオから流れてきたという思い出があるそうだ。ギター(ヴィオラォン)のコードはブラジル音楽らしく複雑で極めて美しい。前述のようにブラジルの音楽がカーボベルデ文化に影響を与えてきたことを考えると、これも自然な選曲と言えるだろう。
(9)「Chaki Ben」はカヴィータのルーツであるインドの伝統曲。歌詞はグジャラート語だが、6/8拍子の曲調や今作でのアレンジはアフリカや南米のスタイルにもよく溶け込み、今作の中でも違和感のない仕上がりとなっている。
世界的に最も有名なモルナの曲である(11)「Sodade」。タイトルはポルトガル語のサウダーヂ(Saudade)に該当するクレオール語の単語で、故郷のサン・ニコラウからポルトガルの旧植民地サントメ島へと海路で旅立ち、おそらく二度と戻ることのないカーボベルデ人への別れの歌として書かれたと考えられている。前述のとおりカヴィータのデビュー作にも収められているが、実際にカーボベルデに住み、クレオール語を学び、現地の他の歌手たちが自分の歌のように歌う姿を見たことでカヴィータ自身の表現も新たな次元に達しているように感じる。サンヴィセンテ島の港町ミンデロ育ちで、アルバムの共著者であるバウ(Bau)は生前のセザリア・エヴォラとともに何度もこの曲を演奏してきた。ここではインディアン・ディアスポラでありカーボベルデのクレオール文化に魅せられた一人のシンガーとして、この名曲に新たな命を吹き込んでいる。
ラストの(12)「Cape Verdean Blues」はカーボベルデにルーツを持つジャズ・ピアニスト、ホレス・シルヴァー(Horace Silver, 1928 – 2014)の曲。カーボベルデのパーカッション奏者ミロカ・パリス(Miroca Paris)とのデュオ演奏でアルバムを締め括る。
Kavita Shah – vocal, voice percussion
Bau – guitars, cavaquinho, ukelele
Miroca Paris – percussion (1, 3, 5, 9, 12), voice percussion (12)
Fantcha – voice (4)
Maalem Hassan Benjaafar – guembri, qraqeb, voice (9)
Zé Paris – bass (3)
Alune Wade – bass (9)
Fernando Saci – percussion (7)
Rogerio Boccato – percussion (7)