イタマール・エレズ&ハミン・ホナリ、デュオ新譜『Migrant Voices』
カナダに移民として渡った二人のアーティスト──イスラエル出身のマルチ奏者イタマール・エレズ(Itamar Erez)と、イラン出身の打楽器奏者ハミン・ホナリ(Hamin Honari)によるデュオ作『Migrant Voices』(移民の声)。中東の多様な音楽文化を自然に融合したギターとパーカッションの静かな邂逅が、とても美しい作品だ。
ピアニストとしても知られるイタマール・エレズだが、今作ではギターのみを演奏。アタック(音の立ち上がり)の強いキレ味のよいサウンドが特徴的で、音響も適度に奥行きのある残響感が素晴らしい。
二人の即興による共作である(1)「Departure」で幕を開け、魅惑的なアラビック・スケールを用いたイタマール・エレズ作曲の(2)「Migrant Voices」、スピリチュアルな即興演奏(3)「Dancing With Stardust」と続いていく。ハミン・ホナリはペルシャの伝統的なフレームドラムを叩き、低音から高音まで豊かな表現力で鳴り響かせる。ギターもパーカッションも真っ直ぐで歯切れがよく、とにかく聴いていて気持ちのよい音だ。
EPの後半もほぼ即興によるデュオ・アンサンブル。内省的な(4)「Embrace」はイタマールのギターが曲の進行を主導しハミンはその芸術的な空間づくりをサポートする裏方にまわっているが、次の(5)「Forgotten Sands」では逆にハミンがつくるリズムがイタマールのインスピレーションを見事に引き出している。さらにここではオーヴァーダブによってコロンビアやベネズエラで普及している弦楽器バンドーラの煌びやかな音色が彩りを加えている。
即興でのアンサンブルには、相互理解と信頼が絶対的に必要だ。彼らの祖国の政治家は利己的で相手に血を流させることに余念がないが、音楽家たちはそれぞれの共通項を瞬時に感じ取り、彼らの間にあるあらゆる障壁を取り除こうとする。このアルバムの親密な雰囲気は、人類の感受性をまだ信じている少なくはない人々へのエールのようにも聴こえる。
この音楽は、浮ついた夢ではない。
Itamar Erez 略歴
イタマール・エレズは1965年イスラエル生まれのピアニスト/ギタリスト/作曲家。父親は航空会社のパイロットで、クラシック、アバンギャルド、ジャズ、ロックといった海外の音楽作品をテルアビブの自宅に持ち帰っていた。イタマールはそんな父の影響もあり6歳の頃からピアノを始めている。
15歳の頃、ピンク・フロイド(Pink Floyd)やエグベルト・ジスモンチ(Egberto Gismonti)の音楽に触発されギターを始め、以来ジャズ、クラシック、フラメンコ、アラブ音楽、アフロブラジル音楽など様々なジャンルを組み合わせた卓越した演奏で世界中のフェスティヴァルなどでその名を広めていった。
2006年に『Desert Song』でデビュー。2013年にはイスラエルを代表するパーカッショニスト、イシャイ・アフターマン(Yshai Afterman)との共作の『New Dawn』を発売。通常のクラシックギターやピアノのみならず、アラブ音楽特有の微分音を表現できるように追加のフレットを備えた特殊なギターを演奏するなど、その豊かな音楽性で評価されている。
Hamin Honari 略歴
ハミン・ホナリはイラン南東部の都市ザーヘダーンの出身。ペルシャのハンドドラムであるトンバックとダフを専門とし、中東音楽を基礎としつつ、それだけでなくジャズや西洋クラシックなど様々なジャンルのスタイルに適応する。現在はカナダのバンクーバーを拠点とし、文化的にオープンな環境で独自の音楽を探究している。
Itamar Erez – nylon string guitar, requinto, bandola
Hamin Honari – frame drums, daf, tombak, various cymbals