アヴィシャイ・コーエン新譜『Brightlight』
イスラエル・ジャズを象徴する存在であるベーシスト/作曲家のアヴィシャイ・コーエン(Avishai Cohen)が、近年の活動の集大成ともいえる新譜『Brightlight』をリリースした。レギュラートリオであるロニ・カスピ(Roni Kaspi, ds)とガイ・モスコヴィッチ(Guy Moskovich)との演奏を軸に、ほかにも10名近いミュージシャンを迎え、独創的なコンポージングと豪快なアップライトベース演奏から生み出される彼独自の圧倒的なジャズを展開する。
アルバムは(1)「Courage」、(2)「Brightlight」と冒頭から彼らしい“イスラエル・ジャズ”をたっぷりと楽しめる。(3)「Hope」にはギタリストのヨシ・ベン・トヴィン(Yosi Ben Tovim)、ドラマーのノーム・ダヴィド(Noam David)、ピアノのエデン・ギアット(Eden Giat)らが参加し、前述のコアトリオとはまた一味違った魅力を見せている。
変拍子の(4)「The Ever And Ever Evolving Etude」はアヴィシャイ・コーエンらしさが光る。この複雑なリズムと、時折見せる美しい抒情性は彼の真骨頂だ。
2020年からトリオに加入した若く才能あふれる女性ドラマー、ロニ・カスピに捧げられた(7)「Roni’s Swing」は古風なスウィング・ジャズだが、だからこそロニ・カスピやガイ・モスコヴィッチの突出した上手さも味わえるというもの。
アルバムの終盤の3曲はカヴァー。
クラシックの名曲であるフランツ・リスト(Liszt Ferenc, 1811 – 1886)の(9)「Liebestraum Nr 3」(愛の夢 第3番)は意外な選曲だが、その抒情的にアレンジされた美しさは原曲とはまた違った素晴らしさがあり、数あるクラシックのジャズ・アップの中でも随一の完成度だ。この曲のアレンジも担当したピアノのガイ・モスコヴィッチは近年のジャズピアニストの多くがそうであるように西洋クラシックの基礎があり、強弱の抑制やハーモニーのセンスも抜群。
ジョージ・ガーシュウィン(George Gershwin, 1898 – 1937)作のジャズ・スタンダードである(10)「Summertime」はアヴィシャイらしい5拍子にアレンジされている。ヴォーカリストとしても益々その魅力を増すアヴィシャイの声も良い。
ラストはスタンダード(11)「Polka Dots And Moonbeams」。若手サックス奏者ユヴァル・ドラブキン(Yuval Drabkin)とアヴィシャイのデュオ演奏で静かだが情熱的な余韻を残す。
Avishai Cohen 略歴
アヴィシャイ・コーエンは1970年にイスラエルのキブツ1・カブリ2に生まれた。セファルディ系、ギリシャ系、ポーランド系ユダヤ人の血を引く。エルサレム近郊で育ち、9歳でピアノを始めたが、14歳の時に父親の転勤に伴って一時的に米国ミズーリ州セントルイスに引っ越した際、ベーシストのジャコ・パストリアス(Jaco Pastorius)を知り強く触発されてベースギターに転向した。その後イスラエルに戻り、エルサレムの音楽芸術アカデミーに入学し、アコースティックベースを専攻した。
イスラエルでの2年間の兵役のあとニューヨークに移り、ニュースクール大学とマネス音楽大学に通いながら建設現場で働き、路上で演奏していた。学生時代、パナマ出身のピアニストのダニーロ・ペレス(Danilo Pérez)のアルバムにテリ・リン・キャリントンおよびジェフ・ワッツ(ds)らと参加し、ラテン・ジャズ風のセロニアス・モンクを演奏した『Panamonk』(1996年)をリリースしている。
ジャズ界の巨匠であるチック・コリア(Chick Corea)に見出され、1997年に彼のトリオに参加。数枚のアルバムをリリースし、これが世界的なブレイクのきっかけとなった。その後は自身のトリオを率い、そのトリオからはこれまでにマーク・ジュリアナ(Mark Guiliana)やシャイ・マエストロ(Shai Maestro)、ニタイ・ハーシュコヴィッツ(Nitai Hershkovits)といった優れた音楽家が巣立っていった。
Avishai Cohen – bass, vocals
Guy Moskovich – piano (1, 2, 4, 5, 7, 9, 10, 11)
Eden Giat – piano (3, 6, 8)
Roni Kaspi – drums
Noam David – drums (3)
Yosi Ben Tovim – guitar (3)
Lars Nilsson – trumpet (8, 10)
Hilel Salem – flugelhorn (3)
Jakob Sollerman – trombone (10)
Ilan Salem – flutes (3)
Yuval Drabkin – saxophone (6, 8, 11)
Jenny Nilsson – vocals
- キブツ(ヘブライ語:קיבוץ)…イスラエルに特有の農業共同体。20世紀初頭のイスラエルの開拓社会の中で生まれ、恒久的な農村の生活様式へと発展した。現在、イスラエル国内に280ほどあり、それぞれ数百人で構成されている。町や村に並ぶものとして扱われる。 ↩︎
- カブリ(ヘブライ語:כַּבְּרִי)…イスラエル北部、レバノン国境近くにあるキブツ。 ↩︎