タイ・シャオチュン(戴曉君)新作『VAIVAIK 尋走』
台湾原住民であるパイワン族1出身のシンガーソングライター、タイ・シャオチュン(戴曉君, Sauljaljui)『VAIVAIK 尋走』。アルバム名はパイワン語で「旅立つこと」を意味し、彼女の音楽的探求と自己発見の旅を象徴するアルバムで、パイワン族の伝統音楽と世界各地のリズムや楽器を巧みに交えた洗練されたサウンドの中に、どこか懐かしい感覚を想起させる優れた作品だ。
楽曲はすべて戴曉君の母語であるパイワン語2で歌われる。特筆すべき冒頭曲(1)「Dipin Kari Tang 麵包 咖哩 刺蝟」では、イントロで彼女が弾く伝統楽器である月琴3の特徴的な音色を聴くことができる。日本の三味線の音に似た月琴の繰り返す音型、ベースやバスドラムの低音、その上で躍動するさまざまなパーカッション、タイウー古謡隊(泰武古謠傳唱)による多重コーラスなどが高揚感を招く。
サイケロックの要素も汲み、ポジティヴな空気に満ちた(3)「sinisanparavac 你是無比耀眼的」(“あなたは眩しい”という意味)は、彼女の友人でもある台湾原住民アミ族のシンガー、プタド・ピハイ(9曲目で共演している)とモーリシャス出身のシンガーであるエムリン(Emlyn)、そして現在の彼女自身に捧げられているという。
(4)「sapuy 火把」はホタルにインスパイアされた楽曲。ホタルが放つ淡い光を魂の灯火になぞらえ、希望と団結を表現している。
(7)「Anun Bala 你好」ではマレーシア出身の女性SSW/サペ奏者のアレナ・ムラン(Alena Murang)と共演し、多文化的な対話を穏やかに描きだす。
ラストの(9)「madjadjumak 彼此找到」では台湾原住民アミ族4のシンガー、プタド・ピハイ(布妲菈·碧海, Putad Pihay)と同じくアミ族のスラ・ラタ(簡朝崙, Sra·Rata)と共演。
戴曉君 略歴
タイ・シャオチュン(パイワン語名:Sauljaljui)は、台湾の屏東県牡丹郷石門部落出身の排灣(パイワン)族のシンガーソングライター。民族に伝わる伝統的な音楽を基盤に、ポップスやラテン音楽、ワールドミュージックの要素を融合させた独自のスタイルで知られている。
大学時代はメタルロックに傾倒していたが、故郷に戻り民族音楽のグループと交流する中で音楽性が変化した。2011年、「台灣原創流行音樂大獎」の原住民語部門で「音樂成年禮」を発表し最優秀賞を獲得。一時的な名声に流されず、オーストラリアへ旅に出てストリートパフォーマンスを経験した。
2016年、初のソロアルバム『順著河流走』をリリースし、第28回金曲獎と第7回金音獎で5部門にノミネート。2019年には2枚目のアルバム『裡面的外面』を発表し、内面と外界をつなぐ音楽的探求を示した。国際的には、2017年のマレーシア「雨林世界音楽節」やTED年会を皮切りに、2020年のカナダ「Global Toronto」、2023年の韓国「ACC世界音楽節」、2024年のエストニア「タリン音楽週」や英国「WOMAD UK」に出演。2025年には北米「Folk Alliance International」やオーストラリア「WOMADelaide」への参加も予定されている。
音楽以外にも、10年以上にわたり「KAPANAN部落文化音楽節」を主催し、若者への文化継承に努める。また、恒春地区の高齢者に月琴を教えたり、小学生にギターを指導したりと地域貢献にも取り組んでいる。自然や家族、部落への愛を歌詞に込め、伝統と現代を繋ぐ彼女の音楽は「無疆界の野性」と称され、台湾音楽シーンに新たな風を吹き込んでいる。
Sauljaljui – yuequin (moon lute), guitar, synthesizer, percussion
Jiro Yeh – bass, percussion
Avon Lai – percussion
Paerec – electric guitar
NINE G – electric guitar
Hoper Sun – electric guitar
Hsueh Jung-Han – guitar
Dakung – bass
Vikung Ruljadeng – bass
Lin Ching-Po – drums
Alena Murang – sape
Putad Pihay – tapelik drum
Taiwu Ballads Troupe – chorus
Ljavuras Ljimatjakan – chorus
Aruwai Vaviungan – chorus
Dresdres Vaviungan – chorus
Dresdres Azangiljan – chorus
Kiwa Takihusungan – chorus
Kincyang Masilo – chorus
- パイワン族(排湾族, Payuan)…台湾南部に住む台湾原住民の一種族。人口は10万人程度と推定されている。 ↩︎
- パイワン語(Vinuculjan)…台湾の先住民族であるパイワン族が主に話す言語。近代まで文字は持たなかったが、近代になってローマ字で表記されるようになり、正書法が定められている。現在も話者が多数存在するが、漢語(中国語)の浸透により継続が危惧され、維持・復興の努力が各地で行われている。パイワン語で歌うアーティストとしては戴曉君の他に阿爆(Aljenljeng Tjaluvie)、桑梅絹(Vusanai)が知られている。 ↩︎
- 月琴(yuequin, moon-lute)…中国発祥で日本や朝鮮、台湾、ベトナムなどに広まったリュート属の撥弦楽器。胴の形が満月に似ており、音も琴に似ていることからこの名前が付けられた。 ↩︎
- アミ族(阿美族, Amis)…主に台湾の東南部の平地に暮らす先住民族。別名パンツァハ(Pangcah)。人口は台湾原住民のなかで最も多く、21万人ほど。 ↩︎