それは子守唄か、それとも鎮魂歌か… 北欧のトランペッター、マティアス・アイク新譜『Lullaby』

Mathias Eick - Lullaby

トランペット奏者マティアス・アイクの新作『Lullaby』

ジャズの名門・ECMレーベルより、トランペット奏者マティアス・アイク(Mathias Eick)の新作『Lullaby』がリリースされた。メンバーはカルテット編成で、ピアノのクリスチャン・ランダル(Kristjan Randalu)、ベースのオーレ・モルテン・ヴォーガン(Ole Morten Vågan)、そしてドラムスのハンス・フルベクモ(Hans Hulbækmo)で、エストニア出身のクリスチャン・ランダル以外は全員がノルウェー人という構成。アルバムは全体的にメランコリックで、深く沈むような美しさがあるが、同時に温かな情熱を秘めている。

全曲がマティアス・アイクの作曲。(1)「September」はアルバムの美しい印象を決定づける、素晴らしい曲だ。トランペットのメロディーにはマティアス・アイクの声もレイヤーされ、細やかにインタープレイを重ねるピアノ、ベース、ドラムスとともに静謐かつ鋭く澄んだ空気感を感じさせる。とりわけ1989年生まれと他の3人より10歳程度若く、今作がECMデビューとなるドラマーのハンス・フルベクモの繊細で密度の濃い演奏が素晴らしく、小物パーカッションも組み込んだセットで活き活きとしたリズムを聴かせてくれる。

(1)「September」

(2)「Lullaby」は陰鬱な子守唄だ。洗練された短調のジャズは、私には人生の悲喜交々を知り、眠るたびに少しずつ死へと近づいてゆく大人たちのための歌のようにも聴こえる。もしかしたら、眠るための子守唄どころではなく、争いの絶えない社会情勢を反映した鎮魂歌ですらあるのかもしれない。そして、同じようなムードはつづく(3)「Partisan」にも感じられる。

一転して、希望を感じさせるのが(4)「My Love」だ。これはマティアス・アイクが妻に捧げたもので、プロポーズした日に演奏した曲だという。彼のトランペットはより一層愛情深く、クリスチャン・ランダルが奏でる、とろけるような和音に乗せて高らかに歌うように美しく響く。

(4)「My Love」

(6)「Hope」も、そのタイトルの割に暗く、物悲しい。日本語では“一縷の”という言葉に装飾されるタイプの希望だ。こうした感性の豊かさが、マティアス・アイクという作曲家/演奏家の魅力なのだろうと思う。

(7)「Free」ではマティアス・アイクは空間的なキーボードを弾き、歌詞のないヴォーカルをとる。アルバムの中でも実験的な精神が込められており、繰り返されるベースの低音、ピアノの美しい不協和音、そして冒頭曲でも印象を強く残したパーカッシヴなドラミングによってアンサンブルは究極的に内省的、思索的に向かってゆく。

ラストの(8)「Vejle (for Geir)」は今作の中では若干異質な楽曲。現代音楽的な実験性を秘めており、より空間的な表現を重視した即興となっている。ハンス・フルベクモのドラムは激しく情熱的で、それに煽られるようにマティアス・アイクのトランペットも強いエネルギーを発散させるように外向的となる。

Mathias Eick – trumpet, voice, keyboard
Kristjan Randalu – piano
Ole Morten Vågan – double bass
Hans Hulbækmo – drums

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