ダヴィド・オーベイルによる国境を越える“密売人の音楽”
国境を越えあらゆる音楽を吸収するフランスの鬼才ピアニスト/フルート奏者/作曲家ダヴィド・オーべイル(David Aubaile)。彼がカナダ出身のベース奏者クリス・ジェニングス(Chris Jennings)と、アルジェリア出身のドラムス奏者カリム・ジアド(Karim Ziad)と組んだ2024年作『Trafiquants』が最高に面白い。
アルバムのタイトル「Trafiquants」はフランス語で“密売人”の意味で、これは様々な地域の音楽を“盗み”、自分の表現の中に取り入れ独自の視点で再構築する様をユーモラスに表したもの。アルバムのジャケットにはコロンビアの“麻薬王”パブロ・エスコバル1(Pablo Escobar)が私的に飼っていてその後野生化、爆発的に繁殖し問題となっている通称“コカイン・ヒッポ2”が写されており、彼のユーモア精神を反映している。
そんな背景を持つこの作品は、国籍不明のオリエンタリズムがとにかく魅力的だ。異なるリズムや旋法、文化的な要素が混ざり合い、複雑なメトリクスと洗練された構造を持ちながらも、リスナーにとって驚くほど明快でアクセスしやすい音楽に仕上がっている。グローバル・ミュージックとジャズにおける最重要ミュージシャンの参加による技術的な面でのクオリティもさることながら、それ以上に音楽を奏でることに対する喜び、それをリスナーに届けることに対する寛大な意識を重視しており、アルバム全体を通してポジティブで活気に満ちた“境界のない世界への賛歌”を体現する。
(1)「Alcántara」はチェロ奏者フレデリック・デヴィーユ(Frédéric Deville)とのデュオ作『Dolce ostinato』に収められていた曲の、ピアノトリオでの再演。ピアノトリオでの細部まで繊細な感性が生み出す魔法のようなアンサンブルの記録となっており、今作の素晴らしさを確信させる。
タイトル曲(2)「Trafiquants」ではそのフレデリック・デヴィーユがゲスト参加し、エキサイティングなオリエンタル・ジャズを披露する。
(4)「Tilho」ではマルティニーク出身の超絶技巧のベーシスト、ミシェル・アリーボ(Michel Alibo)が参加。ダヴィド・オーべイルはエレクトリック・ピアノを弾き、ラテン・ジャズ・フュージョンに影響された目まぐるしい展開で魅了する。
David Aubaile 略歴
ダヴィド・オーベイルは1970年、パリの音楽愛好家の家庭に生まれた。1974年にスペインの中央に位置する都市トレドに引越し、新しい言語の響きに夢中になったという。4歳からリコーダーをはじめ、10歳で再びパリに戻り市立音楽院でフルートや音楽理論を学び始めた。
法律と古代日本語(Japonais ancien)を学ぶ傍ら、さまざまなジャズ、ファンク、ブルースのバンドに参加。90年代初頭にはジャズやワールドミュージックの分野で著名なマシアス・デュプレッシー(Mathias Duplessy)のバンドにフルート奏者として参加し、現在の彼の日常となっているアフリカ音楽やオリエンタル音楽の世界に足を踏み入れた。
その後も活躍の幅を広げ、有名どころではフランスの女優/歌手のブリジット・フォンテーヌ(Brigitte Fontaine)との共演や、アフリカ音楽のカリスマ的シンガー、サリフ・ケイタ(Salif Keita)の名盤『Moffou』(2002年)にもフルート奏者として参加している。
David Aubaile – piano, Wurlitzer
Chris Jennings – upright bass
Karim Ziad – drums
Guests :
Michel Alibo – electric bass (4)
Frédéric Deville – cello (2)
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- パブロ・エスコバル(Pablo Escobar, 1949 – 1993)…コロンビアの麻薬密売組織「メデジン・カルテル(Cártel de Medellín)創設者として暗躍した犯罪者。1980〜90年代初頭にかけて、アメリカ合衆国において自身の組織した麻薬カルテルによるコカインの取引を独占し、その過程で、死ぬまでに推定300億ドルもの純資産を蓄えた、史上最も裕福な犯罪者とみなされている。彼の活動は経済、社会、政治、文化のあらゆる領域に及び、その遺産は現在もコロンビアに影を落としている。殺人を含むあらゆる犯罪に手を染めた一方で、1982年のコロンビア議会選挙にて補欠議員として当選した後は貧困層向けに学校、病院、サッカー場、住宅を建設するなどし、彼を“ロビン・フッドのような人物”と評価する向きもある。 ↩︎
- コカイン・ヒッポ(麻薬王のカバ, コカイン・カバ)…1980年代、コロンビアの“麻薬王”であるパブロ・エスコバルは、自身の別荘地に動物園を作るため、アフリカから4頭のカバを輸入した。エスコバルの死後、私設動物園に放置されたカバは逃走し、野生化し繁殖。対策を講じない場合、2030年までに400頭に増え、保護地区や野生のカピバラ、マナティーなどの在来の動植物に影響を与え、マグダレナ川沿い人々に危険が及ぶ可能性があるとして問題となっている。 ↩︎