ブラジル女性SSWの先駆者、ジョイス新作『O Mar é Mulher』は新しい『Feminina』だ

Joyce Moreno - O Mar é Mulher

ジョイス・モレーノ、原点を想起させる新作『O Mar é Mulher』

ブラジル音楽のマスター・ピースのひとつである『Feminina』(1980年)から45年。イノベーター、ジョイス・モレーノ(Joyce Moreno)は新作『O Mar é Mulher』で、再び彼女の原点に立ち返った。確かにその声は相応の年輪を刻んでいるが、ガットギターやピアノ、パーカッションによるサウンドは軽やかで瑞々しいまま、どういうわけか今も当時と似た課題を繰り返し抱える現代社会を抽象的に捉えるシンガー・ソングライターという芸術家の立場と役割を鋭く示す、近年の音楽作品の最高傑作とも思える輝きを静かに放つ。

「45年経った今の私の視点から見ると、結局、このアルバムは1980年のアルバム『Feminina』と多くの関係があるアルバムになったと思える」とジョイスは語る。アルバムに収録された10曲は全て彼女のオリジナルで、前作『Brasileiras canções』(2022年)から3年の歳月の中で練られてきたもの。
冒頭に収められた美しいボサノヴァ(1)「O Mar é Mulher」(海は女)は、スペイン語やフランス語で“海”は女性名詞である(ポルトガル語では男性名詞)というところから着想を得ており、ブラジルの土着宗教カンドンブレにおける”海の女神”イエマンジャ(Iemanjá)も交えながら、凪や嵐といった様々な表情を持つ海を女性に例え、歌っている。

(1)「O Mar é Mulher」

(2)「Um Abraço do João」はジョアン・ジルベルト(João Gilberto, 1931 – 2019)の「Um Abraço No Bonfá」(ボンファに捧ぐ)へのオマージュだ。ジョイスの10代からの古い友人であるSSWジャルズ・マカレー(Jards Macalé)をフィーチュアしており、ジャルズがパンデミックの最中のある日に引き出しの中からジョアンの電話番号を見つけ、そこに電話をしてみたところ「ジョアン、君にハグを。何か必要なことがあれば電話してね」で締め括られる長い留守番電話のメッセージを聞いたというエピソードにインスパイアされている(この曲は偶然にもジョアン・ジルベルトの誕生日である6月10日に録音された)。

象徴的な楽曲は(4)「Adeus, Amélia」(さようなら、アメリア)だろう。
この曲は「Ai, que saudades da Amélia!」(ああ、アメリアが本当に恋しい!)というマリオ・ラーゴ(Mário Lago)作詞、アタウルフォ・アウヴェス(Ataulfo Alves)作曲の1942年の曲へのアンチテーゼとして機能している。当時の人気歌手アラシー・ヂ・アルメイダ(Aracy de Almeida)のイメージに触発されたこの歌は、何事にも従順であり、どんな困難にも男性の伴侶となる女性という“アメリア”という概念を社会に定着させた。
「男性への愛のためなら、どんな剥奪や屈辱も文句を言わず受け入れる女性」という古い概念を、ジョイスは打破しようとする──「私はあなたのためにここにいます。でも、アメリアとしてではありません」…
ここでのブラスをフィーチュアしたアレンジは力強い宣言を象徴し、グルーヴィーなサンバジャズのリズムは「Feminina」を彷彿させる。

(4)「Adeus, Amélia」

困窮しているとき、孤独を感じているとき、人生における重要な決断を迫られているときなどにおける女性の自立について歌う(9)「Comigo」も素晴らしい。

ジョイス・モレーノは、女性の人権において直接的な政治活動家というよりは、音楽を通じて女性の主体性、自己表現、自由を讃える文化的アイコンとして重要な役割を果たしてきた。約半世紀前の作品『Feminina』も参照しながら表現する『O Mar é Mulher』は、女性の視点から物語を紡ぎ、ジェンダー規範や社会的抑圧に挑戦するメッセージを伝えている。

Joyce Moreno 略歴

ジョイス・モレーノは1948年ブラジル・リオデジャネイロ州生まれ。MPB(ムジカ・ポプラール・ブラジレイラ)における女性の視点と自己表現を確立した先駆者として広く知られている。

ジョイスは1960年代から歌手/作曲家/ギタリストとして活動を開始。女性が自身の声で語ることをタブー視する時代に、1967年、当時19歳の彼女は「Me Disseram」で第一人称の女性視点の歌詞を発表し、議論を呼んだ。この曲は女性の感情や経験を率直に表現する先駆的な試みであり、ブラジル音楽におけるジェンダー規範への最初の挑戦だった。

1980年のアルバム『Feminina』は、女性性を讃えるタイトル曲とともに、彼女のキャリアの金字塔となった。アフロ・ブラジルの文化や女性の多面的なアイデンティティを探求し、軍事独裁政権下の抑圧的な環境で自由と自己実現を訴えたこの作品は、とりわけ同国の女性たちに自己肯定感を与え、後の多くの女性アーティストたちに大きな影響を与えた。

Joyce Moreno – vocals, acoustic guitar, basic arrangements, musical direction
Tutty Moreno – drums, percussion
Helio Alves – piano (3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10)
Marcos Nimrichter – piano (1, 2)
Rodolfo Stroeter – bass (3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10)
Jorge Helder – bass (1, 2)
Teco Cardoso – flute (7)
Rafael Rocha – trombone, brass arrangement (4)
Jessé Sadoc – trumpet
Marcelo Martins – tenor saxophone
Mário Adnet – string arrangement (1)

Strings :
Tallin Studio Orchestra (Estonia)
Kleber Augusto – conductor

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