ソ連が世界の覇権を握る並行世界の音楽!? Soviet Suprem
ソビエト連邦が冷戦に勝利した世界線、という設定で社会風刺と皮肉に満ちた歌を歌うフランスのバルカン・ヒップホップ・ユニット、ソヴィエ・シュプレム(Soviet Suprem)。政治的メッセージを伝えつつも直接的な政治的立場を曖昧にする彼らの音楽は共産主義、資本主義、グローバル化、権力構造、ウォーキズムなど多様なテーマを扱うが、これらを真剣に擁護または批判するのではなく、誇張とユーモアで皮肉るスタイルを常に貫いていてきた。これまでも多方面から怒られそうな作品で物議を醸してきた彼らの3枚目のアルバムとなる『Made in China』は、その名の通り古来よりアジアの覇者として世界に影響を及ぼす中国やその周辺国へのある種の“ラブレター”だ。
アルバムは、ウラジーミル・プーチンから習近平への視点の移行を象徴し、ウクライナのマイダン革命1から台湾まで、現代の国際政治をユーモラスに、象徴的に描いている。タイトルトラックである(1)「Made in China」は、中国のグローバルな影響力や経済的覇権を皮肉っている。
(3)「Woke Wok」は、現代のウォーキズム2(過剰な政治的正しさ)を批判し、自由で奔放な表現を重視。Soviet Supremらしい軽妙な皮肉が込められている。MVにはウラジーミル・プーチン、ドナルド・トランプ、イーロン・マスクが権力の象徴として登場。そして中華鍋は、あらゆるものを炒める。
今作のリリースに際し、ソヴィエ・シュプレムは次のような宣言を発している:
同志諸君
壁の崩壊から20年以上を経て、ソビエト・スプリームが灰の中から蘇った。 そして、彼らが活動の拠点として選んだのは、ここパリだ。フランスが西側一辺倒になり、若者たちが「ヤンキー」文化にどっぷり浸かっている今、二人のミュージシャンがそんな風潮に逆らって東を目指し、「バルカン・ドリーム」を実現するために立ち上がったのだ。
グローバル化した音楽が、ドンドンという単調なビートとキラキラしたスローガンを我々の耳に叩き込むだけの味気ないスープのようになってしまった今こそ、インターナショナル(国際主義)を復権させ、祝祭を解き放ち、コサックの馬をスピーカーから解き放つ時が来たのだ!
soviet-suprem.net
ソヴィエ・シュプレムを構成する二人のならず者──ジョン・レーニン(John Lénine)と、シルヴェスター・スターリン(Sylvester Staline)は、これまで以上に東欧と東洋が混ざったオリエンタルなサウンドで、剃刀のように言葉を発する。
Soviet Suprem プロフィール
ソヴィエ・シュプレムは、ジョン・レーニン(John Lénine)を名乗るトマ・フェテルマン(Toma Feterman)と、シルヴェスター・スターリン(Sylvester Staline)を名乗るR.Wanにより2013年に結成されたコメディバンド。ユニット名はソビエト連邦における立法府である最高会議(Supreme Soviet)に由来する。
実際には1991年に崩壊したソビエト連邦が冷戦に勝利したという架空の世界観を背景に、ヒップホップ、バルカン音楽、エレクトロ、ワールドミュージックを融合させ、ユーモアと風刺で社会や政治を批評する独自のスタイルを確立している。メンバーのトマ・フェテルマンはジプシー・バンド、ラ・キャラバン・パス(La Caravane Passe)のフロントマンでもあり、R.WanはフレンチヒップホップグループJavaのリードヴォーカルとして活動していた。
二人はそれぞれの音楽的バックグラウンドを活かし、Soviet Supremとして新たな音楽的冒険に乗り出した。2014年にデビューアルバム『L’Internationale』をリリース。バルカン音楽のブラスサウンドとヒップホップビートを組み合わせた「Balkan’s Not Dead」や、レゲエ風の「Rong Rak」が注目を集め、ヨーロッパのフェスティバルシーンで人気を博した。ソビエト風のレトロなビジュアルとコミカルなパフォーマンスが特徴で、「革命のダンスフロア」をスローガンに、聴衆を踊らせつつ政治的メッセージを伝えるスタイルが高く評価された。
2018年には2枚目のアルバム『Marx Attack』をリリース。マルクス主義や現代の資本主義をテーマに、前作よりも洗練されたサウンドを展開。「Vladimir」では現代の権力者を皮肉り、「T’as le Look Coco」は消費社会をユーモラスに批判した。
2024年に3枚目のアルバム『Made in China』をリリース。アジア、特に中国の文化や地政学に焦点を当て、アジアの楽器を取り入れた新たなサウンドを提示。タイトル曲「Made in China」や「Woke Wok」では、グローバル化やウォーキズムを風刺。
Soviet Supremは、音楽を通じて政治や文化を軽妙に批評し、多様なジャンルを融合させることで独自の地位を築いた。フェスティバルやクラブでのライブは、革命のパロディとダンスの融合として知られ、幅広い層から支持を受けている。
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- マイダン革命…2014年にウクライナの首都キーウで起きた大規模な抗議運動で、親ロシア派のヤヌコーヴィチ政権が崩壊し、同国がEUとの関係を強化するきっかけとなった出来事。新たな政権の発足(第一次ヤツェニュク政権)や2004年憲法の復活、数か月以内の臨時大統領選挙の実施など多くの成果をあげており、ウクライナの社会・政治に膨大な変化をもたらした。なお、このクーデターの背後でアメリカが関与していたことを、当時のバラク・オバマ米大統領が明言している。 ↩︎
- ウォーキズム(Wokeism)…社会的正義や平等を追求する運動や意識、特に人種差別、性差別、LGBTQ+の権利などに関する問題に対する過敏な配慮や政治的正しさを強調する姿勢を指す。元々は「woke」(目覚めた)というスラングから派生し、2010年代のアメリカで人種差別への抗議運動(例:Black Lives Matter)とともに広まった。ポジティブには、社会問題への意識向上を促すものとされるが、批判的には、過剰な配慮や言論の自由の制限、道徳的優越感を押し付ける態度として見られることもある。 ↩︎