フィンランド随一のピアノトリオ、Joona Toivanen Trio 新作
ヨーナ・トイヴァネン・トリオ(Joona Toivanen Trio)はフィンランドでももっとも長い活動歴を誇るトリオのひとつだ。日本でも、彼らの存在は比較的知られているだろうと思う。なにせ、彼らのデビュー作『Numurkah』(2000年)を“若干21歳のトリオ、フィンランドからの新風!”と紹介し大々的に売り出したのはあのレジェンダリーな澤野工房だったからだ。実際、彼らの音は北欧ジャズらしいリリカルさがあり、さらに若手特有の背伸びした青さもあり、非常に魅力的に映った。
個人的にはそれ以来彼らのその後の作品に触れる機会はなかったのだが、2025年の新作『Gravity』がたまたま耳に入ってきた。
20年以上ぶりに聞く“ヨーナ・トイヴァネン・トリオ”という名だったが、すぐに彼らのデビュー作のことはすぐに思い出し、懐かしさもありつつ新作アルバムを聴いてみると──そこにはかつてのトリオの姿の延長線上にありながらも、長い年月の中でさまざまな経験を重ねてきた彼らの成熟した音楽が確かに存在していた。
ピアニストのヨーナ・トイヴァネン(Joona Toivanen, 1981 – )、ベーシストのタパニ・トイヴァネン(Tapani Toivanen, 1982 – )、ドラマーのオラヴィ・ロウヒヴオリ (Olavi Louhivuori, 1981 – )から成るトリオは1997年に結成されたが、実はそれ以前から深い付き合いがあった。
ヨーナとタパニは兄弟。そしてヨーナが7歳のときにユヴァスキュラに引っ越した翌日、学校で同じクラスのオラヴィに出会ったのだ。
人生とは、偶然の連続で道が定まってゆく。デビュー・アルバムがリリースされた年、アイスランドのレイキャビクで開催された若手バンドのための北欧ジャズコンテストで優勝した彼らの音楽活動は長く続き、これまでにゆったりと5枚のアルバムをリリースしてきた。
3人のミュージシャンとしてのキャリアは驚くほど安定していた。曲を書き練習、録音し、そして街から街へ。
世界中をツアーし、スマートで優雅なモダンジャズ・トリオとして地位を築いてきた彼らだが、フィンランドでのツアー中、コンサートの間に予期せぬ2日間の空きができてしまった。2日間というのは実家に帰るには短すぎたが、スタジオを借りて録音をするには充分だった。そうして誕生したのが今作『Gravity』だ。彼らは田舎にあるあまり知られていないスタジオを予約し、事前に書かれた素材もなく、手元にある楽器だけを手に、白紙の状態から録音に臨んだ。
スタジオに入った彼らは、すぐにそこにグランドピアノが置かれていないことを認識した。
今作に収録されている12曲は、古く魅力的なアップライトピアノと、いくつかのシンセサイザーをヨーナ・トイヴァネンが演奏し、その場で作曲されながら収録されたものだ。
即興が中心ゆえ、これまでの作品と比べても挑戦的な内容であることは間違いない。「ピアノ、ベース、ドラムスという古典的なイディオムを超えて、手持ちの楽器や音を何でも演奏する3人のミュージシャンとしてできる可能性を見てみたかった」とヨーナが語る通り、ここには予定調和的な音は一切ない。あらゆる瞬間で創造力が発揮され、思索的に音が紡がれてゆくが、これは幼少期から互いを深く知る3人だからこその芸当でもあろうと思う。
Joona Toivanen – piano
Tapani Toivanen – bass
Olavi Louhivuori – drums