MPBの“前衛という伝統”を受け継ぐ気鋭SSWチアゴ・アムーヂ新譜
ブラジル・リオデジャネイロのSSW、チアゴ・アムーヂ（Thiago Amud）の2025年の新作『Enseada perdida』制作のきっかけは、ゼカ・ヴェローゾ（Zeca Veloso）からの情報だったという。チアゴは彼から、彼の父親で世界的に著名なMPBのレジェンドであるカエターノ・ヴェローゾ（Caetano Veloso）がチアゴの曲「Cantiga de ninar o mar」を、そして同じくレジェンド、シコ・ブアルキ（Chico Buarque）が「Cidade possessa」をレコーディングするのだと聞いた。これをきっかけに、チアゴは既存の楽曲に新たなアレンジを施し、カエターノやシコも参加するアルバムとしてまとめ上げた。
アルバムはLPとデジタル配信でリリースされており、デジタル配信においても合計11曲はA面、B面と分かれた形となっている。サンバやトロピカリアなど旧来のブラジル音楽の流れを汲みつつ、サイケロックやカンドンブレの文化を受け継ぎ、細部まで凝られたアレンジは時折狂気を感じさせるほどのもので、チアゴ・アムーヂという芸術家の尋常でない才気が迸る。
アルバムはオーディオビジュアル作品『A Baleia』のために作曲された(A-1)「Baía de Janeiro」で幕を開く。楽曲はコパカバーナ海岸などリオデジャネイロの街の中心部の多くが埋立地であるという事実にインスピレーションを受けており、ヨーロッパからの白人たちが辿り着く前に住んでいた先住民たちの小屋を見たい、彼らの歌を聴きたいと切望する。サウダーヂに溢れるサンバ・ヂ・エンヘードはリオの景色を色鮮やかに想起させる。
独特のサイケデリックな手触りをもったクセの強いフレーヴォ(A-4)「Cidade possessa」には、シコ・ブアルキがゲスト参加。チアゴ・アムーヂとヴォーカルの掛け合いはMPBの“前衛性”という伝統を時代を超えてつなぐ。
B面では女性シンガーのジェ（Jhê）が(B-2)「Orgia」と(B-3)「Penteu」に、女性シンガーのリヴィア・ネストロフスキ（Lívia Nestrovski）が(B-3)「Penteu」に参加。いずれもサイケロックからの影響を感じさせる特異なアレンジの楽曲で、その詩的な音風景も含め素晴らしい。
ラストの(B-6)「Cantiga de ninar o mar」にはカエターノ・ヴェローゾが参加。チアゴはカエターノの2021年作『Meu Coco』のオープニング曲「Meu Coco」でオーケストレーションを担当し、カエターノがチアゴに対して「ポピュラー音楽に対するブラジル人の愛の真実をすべて物語る、リオデジャネイロ出身の若きクリエイター」と最大限の賛辞を送り、そこから交友が始まった。
今作ではヴィオラォン（ガットギター）の伴奏を軸とした穏やかながら緻密なアレンジで、カエターノの声の魅力を見事に引き出している。
Thiago Amud 略歴
チアゴ・アムーヂは1980年4月26日、リオデジャネイロ生まれのシンガーソングライター。13歳でギターを始め、14歳から作曲と作詞に取り組み、1999年にリオデジャネイロ連邦大学（UNIRIO）でMPBの学士課程に入学し編曲を専攻した。
キャリアの初期には、音楽コンクールで注目を集め、2010年にデビューアルバム『Sacradança』をリリース。10曲すべてを自ら作曲・アレンジ・プロデュースし、批評家から“既に確立された音楽的個性”などと高く評価された。2013年、2ndアルバム『De Ponta a Ponta Tudo é Praia-Palma』を発表。これは『O Globo』紙の2013年ベスト10に選ばれた。
2018年の3rdアルバム『O Cinema Que o Sol Não Apaga』はギンガ（Guinga）やカエターノ・ヴェローゾから絶賛され、翌年にはブラジル音楽プロフェッショナル賞（Prêmio Profissionais da Música Brasileira）で最優秀歌手賞を受賞した。2025年には『Enseada perdida』を発表し、シコ・ブアルキやカエターノ・ヴェローゾがゲスト参加でも話題となった。
映画音楽やアレンジも手がけ、カエターノ・ヴェローゾの2021年のアルバム『Meu Coco』では管楽器アレンジを担当した。MPBの革新者として、詩的な歌詞と複雑なアレンジで知られる。