“ミナス新世代”旗手アレシャンドリ・アンドレス 待望の新譜
ブラジル・ミナスジェライス州のシンガーソングライター、アレシャンドリ・アンドレス(Alexandre Andrés)が待望の新作『Luar Total』をリリースした。ブラジルのポピュラー音楽史に燦然と輝く名盤『Macaxeira Fields』(2012年)を彷彿させる歌を中心としたアルバムで、彼の持ち味であるビートルズ、ブラジル伝統音楽、ジャズ、室内楽といった要素が非常に高いレベルで混ざり合う、間違いのない傑作に仕上がっている。スタジオ収録のフルアルバムとしては2019年リリースの前作『Rã』から6年ぶりということもあり、待ち望んでいたファンも多いだろう。
今作はアレシャンドリ・アンドレスによるヴォーカル/ギター/フルートのほか、鍵盤奏者のチアゴ・アルメイダ(Thiago Almeida)、打楽器奏者ナターリア・ミトリ(Natália Mitre)、ベーシストのブルーノ・ヴェローゾ(Bruno Vellozo)、ギター奏者PCギマランエス(PC Guimarães)といったメンバーによるバンドがサウンドの中心となり、さらにクラリネット奏者ジョアナ・ケイロス(Joana Queiroz)、アコーディオンのメストリーニョ(Mestrinho)、弦楽四重奏オルケストラ・オウロ・プレト(Orquestra Ouro Preto)、 SSWグスタヴィート(Gustavito)、SSWフラヴィオ・トリス(Flávio Tris)、SSWルイス・ガブリエル・ロペス(Luiz Gabriel Lopes)、詩人ベルナルド・マラニャォン、(Bernardo Maranhão)、女性歌手ルイーザ・ラセルダ(Luísa Lacerda)、男性歌手シロ・ベルッチ(Ciro Belucci)といった面々が各楽曲を彩る(正直、これだけの個性と才能を完璧にまとめ上げるのもアレシャンドリの驚くべき才能だと思う)。
サウンドも足し算思考の緻密なアレンジが特徴的で、アコースティック楽器を中心としたバンド編成や、弦楽四重奏やクラリネット三重奏との絡みなども含め終始エキサイティングで、包み込まれるような没入感がとにかく素晴らしい。
今作は単なる音楽アルバムではなく、アレシャンドリ・アンドレスというアーティスト個人の感情や経験を歌に変えたポートレートであり、愛、自然、友情、そして存在することについて詩的に綴った作品だ。レコーディングは2024年10月のスーパームーン1の頃に行われ、『完全な月光』というアルバムのタイトルの由来ともなっている。
パートナーであるルシアナ・ヴィエイラ(Luciana Vieira)との関係にインスパイアされ、「今ここにある存在」の尊さを詩的に歌う(1)「Luar Total」、室内楽ポップな雰囲気がたまらない(2)「Jurema」のアルバム冒頭曲だけで、あの『Macaxeira Fields』の頃から変わらない繊細で瑞々しい感性から生まれた稀有な音楽作品であることを確信する。
ハファエル・マルチニ(Rafael Martini)がストリングスのアレンジを務め、名手メストリーニョがアコーディオンを弾く北東部音楽風の(3)「Espelho Claro」では、ノルデスチの伝統に根差しながらオルタナティヴな音楽を表現した巨匠アルセウ・ヴァレンサ2(Alceu Valença, 1946 – )へのリスペクトが伺える。心も体も踊るリズムと素朴な音色を、驚くほど豊かなミナス特有の音楽的土壌に植えて愛情深く育てた楽園の植物のような名曲だ。
(4)「Saudade Saudade」は亡くなった人々の不在と、彼らの象徴的な存在について歌っている。ギターやストリングスをバックにもの悲しい雰囲気で始まるが、徐々に打楽器やベースが存在感を増してゆき、最終的には郷愁を催す6/8拍子の不思議な疾走感がカタルシスの高みへとリスナーを連れてゆく。
ルイーザ・ラセルダがメイン・ヴォーカルを務め、アレシャンドリのキャリア初期からの協力者であるジョアナ・ケイロスがクラリネット三重奏のアレンジをした(5)「Uaimii」はアレシャンドリ作曲/ベルナルド・マラニャォン作詞の黄金コンビの作だ。それだけに、今作の中でも最もアレシャンドリの初期作の雰囲気を残した楽曲と言えるかもしれない。
パンデミック中の孤立と内面的な変化を描いたルイス・ガブリエル・ロペスとの共作である(6)「Linha Longa」は、ブリティッシュ・ロックと室内楽、そしてジャズの高度な融合というアレシャンドリの音楽を象徴する楽曲。参加ミュージシャン個々の個性や技能が最高のレベルで絡み合った結果生まれた音楽は、もはや奇跡のように思える。
ここまで素晴らしい曲だらけだが、(7)「Uiara」、これこそ今作のリード・トラックだと推したい。バイアォンとミナス音楽の素晴らしい融合であるこの曲は、美しく流れる印象的なメロディー、卓越した楽器アンサンブルのアレンジ、そして楽曲全体でもっとも効果的なタイミングで鳴り響くパンデイロのあまりに支配的なインパクトによって、今作中でもっともキャッチーな楽曲として仕上がっている。さらにはアレシャンドリの父のバンドであるウアクチ(Uakti)からの影響が色濃く反映されていることも特筆すべきだ。
Alexandre Andres 略歴
アレシャンドリ・アンドレスは1990年3月生まれ。世界的な創作楽器集団ウアクチ(UAKTI)のフルート奏者であるアルトゥール・アンドレス(Artur Andrés)を父に、クラシック・ピアニストのヘジーナ・アマラウ(Regina Amaral)を母に、そしてブラジルを代表する画家マリア・エレナ・アンドレス(Maria Helena Andrés)を祖母に持つという芸術一家に生まれ育った。
2017年にミナスジェライス州連邦大学音楽学部(Escola de Música Universidade Federal de Minas Gerais, EMUFMG)に入学し、サウンドエンジニアリングやプロダクション、フルートやギターを学んだ。ミナスの器楽音楽で最も権威ある賞であるBDMGインストゥルメンタル賞を2度(2009年、2015年)受賞し、音楽家としての実力が認められている。
デビュー・アルバムは2009年の『Agualuz』。2012年にアンドレ・メマーリ(André Mehmari)ら多数のミュージシャンを迎え制作した『Macaxeira Fields』は非常に高く評価され、日本のラティーナ誌では「2013年ブラジル・ディスク大賞」に輝くなど多くの音楽ファンの心を捉えた。
以降も『Olhe Bem as Montanhas』(2024年)、『Macieiras』(2017年)など優れた作品を発表。2023年からは『Macaxeira Fields』の10周年を記念した作品の制作に取り組み、いくつかのシングルのリリースを経て2025年にそのセルフカヴァー集『Sem Fim (Acústico)』をリリースした。
また、近年はプロデューサーやレコーディング・エンジニアとしての活動も多く、チアゴ・アルメイダ(Thiago Almeida)、ハファエル・カラサ(Rafael Calaça)、ハファエル・ジメネス(Raphael Gimenes)、ハファエル・ペロータ(Rafael Perrota)のアルバムのプロデュースなど活躍の場を広げている。
関連記事
- スーパームーン(supermoon)… 楕円軌道における月の地球への最接近と、満月または新月が重なることにより、月が地球から最も大きく見えるときの月のこと。通常より最大で約14%大きく、約30%明るく見える。なお、天文学用語ではなく俗称であり、天文学では「近地点満月 (perigee full moon)」「近地点新月 (perigee new moon)」と呼ぶ。 ↩︎
- アルセウ・ヴァレンサ(Alceu Valença)…ブラジル北東部ペルナンブコ州の田舎に生まれたシンガーソングライター。ブラジル北東部の伝統的な音楽と、ポップ ミュージックの幅広い電子サウンドや音響の間の美的なバランスを達成することに最も成功したアーティストとして知られている。 ↩︎