情感と緊張感に溢れる物語が紡がれる至高の室内楽── 伊藤志宏 3cello variation【タペストリア】

※ 「伊藤志宏 3cello variation」のアルバム『タペストリア』と『NOCTIODRIA』のサブスクが解禁されました。解禁に合わせ、アルバムリリース時に月刊ラティーナ2015年9月号で当方が行ったインタビュー記事を転載します。

文・インタビュー・写真⚫︎花田勝暁

 東京の器楽系シーンで最も信頼されるピアニストの1人、伊藤志宏。彼のライヴ・スケジュールは、丸々一ヶ月休みがないのではないかと心配になってしまう程、ほぼ毎日、様々な編成での演奏スケジュールで埋まっている。その伊藤が、彼の活動の中で今最も力を入れている活動の1つが、平山織絵、井上真那美、島津由美という3人の女性チェリストによるユニット「伊藤志宏 3cello variation(以下、3cello)」だ。昨年ファースト・アルバム『タペストリア』をリリース、ライヴ活動もコンスタントに行い前進を続けるユニットだが、そもそもなぜ、このような変則的な編成のユニットを、伊藤は結成することになったのか……。大塚・グレコでのライヴ前、4人にインタビューする機会を得た。

── なぜチェロ3本とピアノという、他にはない編成のユニットを組むことになったのですか?

伊藤志宏(以下、伊藤) ここ大塚・グレコで、共演者の都合で急にキャンセルになった日があって、何をしようか考えた時に、ちょうど島津由美さんと演奏してみたいと思っていた時で、共演も多かった井上真那美さんに頼んで一緒にライヴをしようということになりました。グレコのオーナーの大竹美好さんのアドバイスなんかもあって、チェロ3人っていう編成はなかなかないから面白いかもしれないということになって、平山織絵さんを紹介してもらい、ライヴが決まったんです。それ以前から弦をメインにした曲は書いていたので、ライヴ用にも書いたら想像していた1億倍楽しかった。まさに棚からぼたもちでした。なので最初は、「これをやろう!」という感じではなかったんですね。リハの初日に、僕が一人でものすごく盛り上がったのはよく覚えています。3人は結構ぽかーんとしてましたが。僕は「これきたぞ!」っていう手応えを感じていました。
 同族楽器が3人集まってこんなに違うんだっていうのがありました。当初はアルバムを出したい気持ちは、ゼロに等しい感じでした。この3人じゃなかったらやってなかったと思います。だから偶然の産物なんです。

── 今回、「新しい室内楽」ということで取り上げさせてもらうのですが、新しい音楽が4人で出来ているっていう感覚はありますか?

伊藤 僕はあまり新しいとか意識しないんですよ。自分が聞いたことのない音楽をやっているだけなんです。それが新しいかどうかはわからないですね。藤本一馬さんとのデュオで去年出したアルバム『ウェブニール』もいろんなところで取り上げられましたけど、新しいかどうかはわからないですね。
 僕がこのバンドで考えているのは、チェロが3人いればいいってものではないんです。このメンバーじゃないとやりたくないんです。もし一人でも欠けたらおそらく全員メンバーを変えると思います。

島津由美(以下、島津) このバンドが新しい音楽を演奏しているかどうかはわからないんですけど、弦楽器のアンサンブルって私は自分に似た系統の方たちと弾くことが多いんです。聞いてきた音楽もおそらく自分に近い人たちと共演することが多くて。でも多分はこの3人は全然違うと思うんです。演奏スタイルも違うんですよね。だからぽん! と合わせるのも簡単ではなかったと思うんですけど、そこを歩み寄りながら作り上げていくのがすごく面白かったんです。それがもしかしたらお客さんの目線からは「新しい」と映ったのかもしれません。

井上真那美(以下、井上) 志宏さんとのお付き合いは長くて、他のユニットもやってきたんですけどいつも思うのは志宏さんの楽譜は「その人だからこう書いてる」んですよ。「この楽器」だからこう、ではなく「この人」だからなんです。その特色が他のバンドよりも「3cello」にはよく現れていると思います。志宏さんの頭の中ではこういう風になっているんだなってよくわかるユニットですね。

平山織絵(以下、平山) 私もこれが新しい音楽かどうかはわからないんですけど、他の方の作曲を演奏する時はわりとストレート、単純に映像的なものが見えたりするんですが、私にとって志宏さんの曲は自分の中でいろいろ考えて、消化してから演奏するんです。単純ではないんですよね。

島津 難解です!(一同笑い)

伊藤 でしょうねー(笑)

平山 一つの演奏が浮かんでくるとかではなく、ストーリー的なんです。一場面で終わっていなく続いているんです。長い場面があるとでも言うのでしょうか。

伊藤 場面の連続性ですよね。場面とか情景とか感情の連続性は「3cello」で顕著になりました。ものすごい自由になったんです。こんなに実現できているのは「3cello」とソロくらいです。僕よく言うんですよ。「夕陽を見て、夕陽って書く人を信用できない」って。夕陽は日が沈むまで夕陽なんです。そういうことかな。
 このバンドを組んでから作曲の仕方がわがままになりました。そもそも「3cello」でしかやっていない曲ばかりになりましたからね。
 彼女たちが言うように僕たちのユニットが新しいかどうかはわからないです。ただ一つ言えるのは出音はわかりませんが、スタイルは新しいかもしれません。難しいところだと思います。よくCD出したなぁって思います。本当は1年でやめてやるって思ってたんです。一時、お客さんもあまり来ないし、拍手も「あまりよくわからない」っていう雰囲気になったんですよね。そこからまた踏ん張りました。
 僕はバンド名の「3cello variation」を「3cellos」と複数形にしないことにこだわっているんですけど、3celloは一つの楽器、3人で一つの楽器という意味なんです。本当は仮タイトルだったんですけどね。チェロが3本じゃなくて3本のチェロでひとつの楽器ですっていうこだわりがあります。でもそこで問題なのがピアノの僕はなにをしようかな? って笑。(一同笑い)それが最後の最後でいつも課題になって大変です。僕はこうして、ああしてっていう指示はすごくするんですけど自分がどう弾きたいかよりも、どういうことを聞きたいかの方が重要なんです。とてもパーソナルなバンドですね。あまりパブリックなところに開いているとは思っていません。
 今日のテーマに戻るとそもそも室内楽って何だろうか? クラシカルなにおいがするもの? あまり意識してやってないです。クラシックっぽいことをやってるとも思ってないし、じゃあ何やってるんだ? って聞かれたらよくわからないですね……。リズムパターンが決まった曲があるわけでもないですし。何やってるんでしょうね? よくわからないね! ただすごく楽しいです。なかなかリズム的なアプローチで曲を書きにくいバンドです。そういう意味では大変です。ちゃんと決まっていない中で指示を出すわけですからね。演奏するの、大変だと思います。

井上 とは言え志宏さんはジャズもブラジルもいろんなことを弾く人だからいろんなリズム流れているんです。グルーヴはあるから、クラシックの作曲を勉強してきた人が書く音楽とは全然違います。志宏さんの曲は鳴っているものが全然違う。鳴ってないのに感じろ! って言われる時があるんですよ。だから今のはきっと志宏さんのこの感じは、聞いている音楽のこの辺りのこの感じなのかなあ? っていうのはわかるんですけど、それじゃなくてもいいからとにかくグルーヴしてくれ! みたいな笑。

伊藤 音楽的な話をすると、前には進んでいってほしいんです。ただそれをやることと、僕が書いた譜面を4人で同時に進めていくことはまだまだこれから良くなっていくんじゃないんですかね。あと演奏する環境も大事ですよね。僕はどんな場所でも演奏出来なきゃだめだ! って思っているタイプですが、さすがにこのバンドではあまり言えなくなってきました。やっぱり良い環境の方がいいですよね。なんだかんだ言って僕は生音がいいんです。生音なんて1~2回しかやったことないですけど、生音の方が断然良い演奏になるんですよね。そういう意味では扱いづらいかもしれません。弦のみで、ピアノは音が大きいですからね。自由度はないですね。しかも譜面も大変だから、でも自由に聞こえることとはなにかっていうのは考えています。そういう意味では「新しい室内楽」なのかもしれないですね。アルバムに女優の緒川たまきさんに参加していただいたのも他に入れる楽器は必要ないと思ったからなんです。今後も楽器のゲストは一切入れるつもりはないです。

──「3cello」をやってみて、チェロのこれまでとは違った可能性を感じたことはありますか?

島津 私は2人の演奏にはかなり影響を受けています。自分の中に全くなかったようなことを「3cello」では経験でき、自分もできたような気分になります。おそらく音楽の感じ方も違うし、楽譜の読み方も違うと思うんです。

井上 島津さんは譜面があるものを弾くクラシックよりの活動が多いんです。平山さんはコードから読む完全にジャズの人なんです。そして私はその中間なんです。なので同じチェロという楽器でもそれぞれのバックボーンが違うんです。だから違いをすごく感じると思うんですよね。それぞれにとっては新しいことですね。突拍子もないチェロの奏法とか奇をてらったことを志宏さんは一切しないんです。彼の美しいと思っているであろうことしか書いてないんです。
 志宏さんの譜面はクラシック的なアンサンブルの要素も必要だし、コードも知っていないといけない。リズム的なアプローチで言うと、ベースラインについて知ってないと出来ないんです。全部できないといけないんです。そういうのを考えていないと、なんかしっくりこないなっていうのはあるかもしれない。全部入っているんですよ。

伊藤 年間を通じて日本一伴奏をしているピアニストの自信があるんですよ。なので常に日々、共演する相手のことを考えているんですよ。例えばこの人はこういう癖があるからこういう時にはこうしようとか、どんなに慣れているバンドでもいつも考えているんです。そのエッセンスをこのバンドに放り込んでいるのかもしれません。僕はそれを即興でやっていますが、「3cello」は即興じゃないようにやるので3人のパートにそのエッセンスを入れていますね。この4人でしか共有できないなにかハウトゥー(How to)があるのかなってずっと考えていたんですけど、どうやらそういう方程式はなさそうなんです。普通そういうルールがあるのですが「3cello」だけないんですね。常に試行錯誤です。だから僕自身もうまくこうして欲しいって具体的に伝えられないんです。きっと他の3人もそうだと思います。

井上 新しいことを書きたいっていうのが志宏さんの中に常にあると思うんですけど、結構不安定ですよね。

伊藤 そうだね。この曲やれば絶対に大丈夫っていうのはそんなにないですからね。

──「3cello」は「物語を紡ぐ」バンドですよね。志宏さんは同じ曲を弾くときにいつも同じ物語なのか、それとも毎回違うのでしょうか。

伊藤 「3cello」」の物語は安定していると思います。最近減ってきてしまいましたが、アドリブパートは自由に弾いてもらうのが基本で。こうしなきゃいけないっていうのはないですけど、その次の展開のことはよく考えています。そういう意味ではお話の筋があるんだと思います。「フォール」という曲については、はストーリーの筋がよくわからないんですよね。ただわからないことが「3cello」では苦痛ではないんです。そういうのをおもしろがれるんですよね。

井上 曲を書いている時点ではストーリーの筋はあるんじゃないですか?

伊藤 そうですね。

井上 弾き始めるとそうとは限らないみたいな。

伊藤 そうなんですよ。やっぱり書いてあること自体に連続性がないとそういう風にはならないので、やっぱりこの3人とじゃないとできないんですよね。何かを紡いでいってくれるんですよね。それをお客さんも聞きに来てくれるんじゃないのかな。

──最後に、「3cello」として目指している世界はありますか?

伊藤 自分が聞いたことがない音楽をやりたいです。お客さんがどうとか、この3人がどうとかではなく僕自身が、です。もう二度とないだろうという瞬間を聞きたい。「3cello」じゃないとできないことは、四者四様あると思いますがそれがもっともっと洗練されていってほしい。もっと聞いてもらいたいので、単純にジャズフェスとか出たいです。それに、10月にもツアーがありますし、そこで具体的にしたいこともあります。僕は完全にみんなを信頼しているので。
 最後にオレの悪口でも言っとく?

井上 髪切った方がいいんじゃない笑?(一同爆笑)

伊藤志宏 3cello variation『タペストリア』
①梅雨晴れ
②雨のち蜃気楼、晴れ。
③ぬばたまの振り子
④ペンギンは蝶の夢を見る
⑤雪融けの組曲Ⅰ
⑥雪融けの組曲Ⅱ
⑦雪融けの組曲Ⅲ
⑧雪融けの組曲Ⅳ水
⑨底の機織り ゲスト朗読 緒川たまき
⑩東風吹かば
⑪六花の城

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