仏鍵盤奏者アレクサンドル・エレール『Bombay Experience』
フランスの鍵盤奏者アレクサンドル・エレール(Alexandre Herer)による 『Bombay Experience』は、ジャズ、インド古典音楽、そしてヒップホップが高度に融合した稀有なアルバム。インドのヒップホップ・シーンを一変させたラッパーマンミート・カウル(Manmeet Kaur)と、ムリダンガム1/コナッコル2の名手B.C. マンジュナート(B.C. Manjunath)という二人のインド出身ミュージシャンが参加し、驚くほど緻密なリズムとグルーヴで斬新な音楽を聴かせてくれる。
英語の歌詞はすべてマンミート・カウルによるもの。両親の反対を押し切り男性中心のヒップホップ・シーンに飛び込み、最初は差別や嘲笑にも遭いながら活動を続け、さらには人権活動家としても活動をしてきた彼女の人生観が反映されたラップは淡々としているものの、それゆえにある種の凄みも孕んでいる。例えば(1)「To Camouflage Is an Art」は貧困や社会的不平等をテーマとして扱い、”芸術とは生存のためのカモフラージュ(偽装)”だと主張。彼女自身の経験を通して都市生活の厳しさを退廃的なラップで表現し、逆境の中で適応する人間の強さをも表現している。バックには複雑なリズムやハーモニー、さらに超絶的なB.C. マンジュナートのコナッコルも効果的に絡み合い、冒頭から彼らの世界観に一気に惹き込む楽曲となっている。
今作の主人公であり全7曲の作曲者でもあるアレクサンドル・エレールは、個性の強いインド出身の二人の陰でほぼ脇役に留まっているが、主にローズで随所でギリギリのラインを攻めるコードや即興ソロを展開。よく聴けば相当に革新的なサウンドを鳴らしており、最高に面白い。
ラストの(7)「Good or Bad」は善悪の定義を再生と持続可能性から考察し、人間の矛盾や伝統の拒絶を批判する英語詞が展開されるが、途中から歌詞がヒンディー語に切り替わり、そこでは都市化の病から逃れた簡素な生活の喜びを描き、歴史と未来のつながりを強調する。バンドも後半に行くにつれ激しさを増していき、混乱の香る絶妙な余韻を残す。
Alexandre Herer – Rhodes, synthesizer
Manmeet Kaur – lyrics, vocals
B.C. Manjunath – mridangam, konnakol
Gaël Petrina – electric bass
Pierre Mangeard – drums
Denis Guivarc’h – alto saxophone (2)
- ムリダンガム(mridangam)…主に南インド古典音楽(カルナティック音楽)で伝統的に用いられる、木製の樽型の両面太鼓。 ↩︎
- コナッコル(konnakol)…南インドの伝統的なヴォイス・パーカッション(口ドラム、リズム言葉) 。口を使って複雑で数学的なリズムを歌い上げ、手や指の動きも伴って表現する高度な芸能。北インドでタブラを口で表現する「ボル(bol)」に似るが、ボルが主に演奏の記憶や伝達に使われるのに対し、コナッコルはより独立した芸術形式として発展した。 ↩︎