ヒカルド・ヘルス & ヴァニーユ・ゴヴァールツ、初のデュオアルバム
7年の音楽的パートナーシップを経て、ヒカルド・ヘルス(Ricardo Herz)とヴァニーユ・ゴヴァールツ(Vanille Goovaerts)のヴァイオリン・デュオ作『Arcos Brasileiros』が発表された。二人は曲ごとに起源を共有する二つの弦楽器──ヴァイオリンとハベッカ──を使いわけ、文化的にふたつの楽器を分け隔てなく再統合しようとする。
ハベッカ(rabeca)は16世紀初頭にポルトガルで発展し、植民地時代にブラジルに持ち込まれたヴァイオリンの原型。ポルトガルではその後ヴァイオリンに取って代わられたが、ブラジルでは独自の進化を遂げ、現在も北東部音楽を中心に愛されている楽器だ。ブラジルでは植民地時代からの民衆文化を象徴する存在であり、ヴァイオリンが所謂“上流階級”的な楽器であることに対し、ハベッカは”田舎のフィドル”としてスティグマがあったが、ブラジルの音楽の文脈で両者をふたたび文化的に統合しようとするのが今作の二人の想いであろう。
アルバムに収録されているのはエルネスト・ナザレー(Ernesto Nazareth, 1863 – 1934)作のショーロ黎明期の名曲(8)「Odeon」を除き、すべてが二人のオリジナル。ショッチ(xote)、バイアォン(baião)、マラカトゥ(maracatu)、フレーヴォ(frevo)、ショーロ(choro)など様々なブラジルの伝統的なスタイルを踏襲しつつユニークな捻りも加えた楽曲で、即興も交えながら楽しそうに演奏する二人の姿が印象的だ。
標準化されたヴァイオリンと、伝統楽器であるハベッカの木材や構造の違いによる音の変化は、同じ曲をハベッカとヴァイオリンでそれぞれ演奏する(9)「Mourinho (rabecas)」、(19)「Mourinho (violinos)」で比較しやすい。16分音符が絶え間なく続く北東部音楽とショーロを組み合わせたようなこの曲は、両者の音響の特性についてとても分かりやすいサンプルとなっている。簡単にいうなら前者のハベッカは多くの空気感を含み減衰の早い野生的な音色。後者のヴァイオリンは高次倍音をより多く含んだ絢爛な音色ということになるのだろうが、どちらの楽器による演奏も甲乙つけがたくそれぞれに魅力的で、前述したようなスティグマは単なる先入観に過ぎず、実際の音楽においては意味のないものであることが実感できるだろう。
このアルバムは多様な音楽の創作や普及、アクセスを促進し、生産チェーンを強化する目的で制定されたサンパウロ市の公的音楽支援プログラム(Edital nº 23/2024/SMC/CFOC/SFA、第8版)の支援を受けて実現した。
Ricardo Herz 略歴
ヒカルド・ヘルスは1978年ブラジル・サンパウロ生まれ。6歳の頃からサンパウロのクラシック音楽専門校、フクダ研究所(Instituto Fukuda)で学び、のちにサンパウロ国立大学(USP)のヴァイオリン科を修了。その後は米国のバークリー音楽大学とフランスのディディエ・ロックウッド・ミュージック・センターでジャズを学んでいる。
2010年にパリからブラジルに帰国後はソリストとして様々なオーケストラと共演したり、自身のジャズバンドや、さらにはアントニオ・ロウレイロ(Antonio Loureiro)ややマンドゥ・コスタ(Yamandu Costa)といった著名なアーティストとの共演などジャンルを問わず活躍。まさに現代のブラジルを代表するヴァイオリン奏者としてその名を馳せている。
Vanille Goovaerts 略歴
ヴァニーユ・ゴヴァールツはフランス出身のヴァイオリニストで、シャンベリー音楽院でジャズを学んだ後、2018年にハベッカとフォホーに魅了され、2019年にブラジルに移住し北東部とサンパウロで音楽研究を実施。ハベッカの名手たちに師事しながら、2019年からヒカルド・ヘルスとのデュオで活動している。
Ricardo Herz – violin, rabeca
Vanille Goovaerts – violin, rabeca