音を色彩で捉える盲目の天才ピアニスト、ヤキール・アルビブ 魔法のような『アフロ・バロック』

Yakir Arbib & Conti Bilong - Afro Baroque

ヤキール・アルビブ&コンティ・ビロング 『Afro Baroque』

パリの小さなリハーサル室で二人が出会い、デューク・エリントンの「キャラバン」を演奏し始めた途端、説明のつかないことが起こった。このありそうもない出会いが生み出した化学反応によって、瞬時に音楽的な繋がりが生まれたのだ。

yakirarbib-contibilong.bandcamp.com

上記は、Bandcamp のアーティスト・プロフィールからの引用だ。そしてこの言葉は、2025年10月にひっそりとリリースされたアルバム『Afro Baroque』について、もっとも的確にその雰囲気を捉えている。ここに収められた二人のアーティストの化学反応は、“魔法のような”という使い古された形容詞を与えるに真に相応しい、独創的な偉業だ。

「Caravan」(本作未収録)

二人の“魔法使い”の名は、イスラエル出身のピアニスト/作曲家ヤキール・アルビブ(Yakir Arbib)と、カメルーン出身のドラマー/パーカッショニスト/作曲家コンティ・ビロング(Conti Bilong)
アルバムのタイトルのとおり、二人のルーツである中東と中央アフリカの伝統的なリズムや旋法を基調とし、J.S.バッハ(Johann Sebastian Bach, 1685 – 1750)に代表されるバロック様式の対位法やジャズのダイナミックな即興が高度に融合した、複雑なのに親しみやすく、伝統の上に成り立っているのに斬新な演奏が繰り広げられる。

ヤキール・アルビブ作曲の(5)「Afro Baroque」

ピアニストのヤキール・アルビブは生まれつき盲目だ。それでも彼は、「音楽を聞くと、たくさんの色が見える」と表現するように、その研ぎ澄まされた感覚で独自の音楽を切り拓いてきた。たとえば(1)「Ngola and Ekang」では、コンティ・ビロングが鮮やかに叩き出すアフリカのリズムのパレットの上で、ピアノやキーボードを駆使し、さまざまな感情を色彩豊かに描いてゆく。

アルバムの幕開けを飾るコンティ・ビロング作の(1)「Ngola and Ekang」は、アフリカらしい豊かなリズムが印象的。

彼らの手にかかれば、マイルス・デイヴィス(Miles Davis, 1926 – 1991)の(3)「All Blues」でさえ、独特の色彩で蘇る。チェンバロのイントロに導かれる(2)「Wana So」や(5)「Afro Baroque」は今作の象徴的な曲で、タイトル通り異文化混淆から生まれる音楽の素晴らしさを体感させてくれる。

カメルーンのバサ語で歌われるコンティ・ビロング作詞作曲の(4)「Mout Binam Nou」は、「なぜ私たち人間は、文化の違いや肌の色の違いだけで互いに争い、敵意や憎しみを生み出すのか?」という、根源的な問いを投げかけている。

(4)「Mout Binam Nou」

Yakir Arbib & Conti Bilong プロフィール

ピアニストのヤキール・アルビブは1989年イスラエル・エルサレム生まれ。生まれつきの全盲であり、視力の代わりに共感覚(音を色として視覚化する能力)と絶対音感を併せ持つ。
4歳からピアノを始め(楽譜を読むことができないため、耳だけで覚え、曲全体を“色で満ちたひとつの物体”として見ているそうだ)、テルアビブのシュトリッカー音楽院でクラシックを学び、トランペットとバロック・リコーダーも修得。2009年以降はバークリー音楽大学でジャズを深く研究した。
2008年にマッシモ・ウルバーニ国際ジャズコンクールで優勝し、19歳でイタリアのPhilology Jazz Recordsからデビューを果たした。2015年にはモントルー国際ピアノジャズコンクールで2位入賞し、「最も独創的なピアニスト」と評された。
クラシックとジャズの境界を越えた演奏で知られ、これまでにカート・ローゼンウィンケル(Kurt Rosenwinkel)、アル・ジャロウ(Al Jarreau)、ニルス・ペッター・モルヴェル(Nils Petter Molvær)、エルサレム交響楽団、シャイ・マエストロ(Shai Maestro)、アヴィシャイ・コーエン(Avishai Cohen)らと共演を重ねている。
近年はアフリカのリズムやバロック対位法との融合を追求し、国際的に活躍している。

打楽器奏者のコンティ・ビロングは1970年カメルーン・ンコングサンバ生まれ。
13歳でドラムに魅了され、独学で演奏技術を磨いた。ドゥアラのクラブでンデディ・エヤンゴ(Ndedi Eyango)ら著名アーティストと演奏し、1990年にサム・ファン・トマス(Sam Fan Tomas)とともにアメリカツアーを行う。
2000年にフランスに移住し、マヌ・ディバンゴ(Manu Dibango)のソウル・マコッサ・バンドで国際ツアーに参加したほか、マリ出身のグラミー賞受賞歌手ウマ・サンガレ(Oumou Sangaré)とも共演を重ねた。中央アフリカの伝統リズム(マコッサなど)を基調に、ジャズ・ロック・アフロキューバン音楽を融合させた独自のスタイルを確立している。
2005年に初のソロアルバム『Africa World』をリリースし、映画『Kirikou and the Wild Animals』の音楽にも参加。パリのクラブでの活動を通じて幅広い音楽性を発揮し、2023年7月にヤキール・アルビブと出会い、デュオ「Afro Baroque」を結成した。

Yakir Arbib – piano, keyboards
Conti Bilong – drums, percussion, vocals

関連記事

Yakir Arbib & Conti Bilong - Afro Baroque
Follow Música Terra