名ピアニスト、イーロ・ランタラの真骨頂
ジャズの世界に身を置きながら、クラシック仕込みの優れたテクニックやPOPS愛好者への訴求力も強い楽曲のキャッチーさなど、類稀な才能を発揮し1990年代から活躍するフィンランドの作曲家/ピアニスト、イーロ・ランタラ(Iiro Rantala)の最高傑作に挙げたい一枚が、2014年リリースの『Anyone With a Heart (with Adam Baldych & Asja Valcic)』だ。
本作は傑出した音楽家であるイーロ・ランタラが、天才と讃えられるポーランドのヴァイオリン奏者アダム・バウディヒ(Adam Baldych)と、クロアチア出身でクラシック/ジャズを跨って活躍するチェロ奏者アーシャ・ヴァルチッチ(Asja Valcic)とトリオを組んで録音した作品。ジャズトリオとしては非常に珍しい編成だが、このトリオでしかきっと成し得ないであろう、美しすぎる世界観に魅了される名盤だ。
洗練されたユーモア。これぞヨーロッパジャズの醍醐味。
ヨーロッパのジャズ作品の傾向に漏れず本作もジャズアルバムとしてはかなりチャレンジングな編成だが、イーロ・ランタラ作品に昔から特徴的なある種のユーモアや、ロックなどからの影響もあっての分かりやすいメロディーや楽曲進行などが、実験的なフォーマットにうまくバランスを取りつつ見事にハマっている印象を受ける。
アルバムは(10)「Over the Rainbow(虹の彼方に)」を除けば全曲がイーロ・ランタラのオリジナル曲。冒頭の(1)「Karma」から素晴らしい美曲がピアノとヴァイオリン、チェロのアンサンブルで美しくエキサイティングに繰り出される。(3)「A Gift」に見られるように、イーロ・ランタラの全体的には抑制されつつも、要所で炎のように燃え上がる感情がほとばしるアドリブに激しく胸を打たれる。
そしてアルバムのハイライトは表題曲でもある(9)「Anyone With a Heart」だ。この曲はイーロ・ランタラ初期のバンド、トリオ・トウケアット(Trio Töykeät)のヒット作『Kudos』の収録曲で、ブラジルの巨匠エグベルト・ジスモンチに捧げていたオリジナル曲「Met by Chance」が原曲となっている。「Anyone With a Heart」と改題され、中間部に手直しが加えららえたこの楽曲はイーロ・ランタラのもう短くはないキャリアの中でも屈指の名曲だと思っている。