驚異のアルメニア民族プログレJAZZ!ティグラン・ハマシアン『Mockroot』

Tigran Hamasyan - Mockroot

現代ジャズの快楽を知る最高の一枚

東欧アルメニア出身のピアニスト/作曲家、ティグラン・ハマシアン(Tigran Hamasyan)が2015年にリリースした『Mockroot』は、自身のルーツであるアルメニアの音楽とジャズ、さらにはプログレッシブ・ロックやエレクトロニカなど、様々な要素が混然とした近年のジャズの潮流を知る上でも最も重要な作品のひとつだ。

アルバムのレコーディングメンバーはティグラン・ハマシアン(p, key, synth, etc.)と、イタリア系アメリカ人のサム・ミナイエ(b)、アーサー・ナーテク(ds)というオーソドックスなピアノトリオが基本だ。が、少し聴いてもらえれば分かる通り、普通のジャズのピアノトリオを想像すると途端にそのイメージを遥かに裏切られることになる。

まず曲が尋常ではない。例えば世界中の楽器演奏のツワモノたちがこぞってYouTubeに“やってみた”系の演奏動画をアップするなど音楽好きの好奇心を強く刺激してやまない(7)「Entertain Me」は20/16 + 15/16拍子という基本音形で進行しつつ、シンバルやスネアドラムは別のリズムを刻み、全体では16分の256拍子を形成しているという恐るべき楽曲だ。

「Entertain Me」のライヴ演奏動画。
Mockrootでおなじみの恐るべきポリリズムは9:14〜
ようこんなん弾くわ…

本作はそうした特徴的なリズムの楽曲群と、無理難曲を完璧に弾きこなす三者の演奏スキル、そしてアルメニア民族音楽に由来するエキゾチックな叙情性、センスの良いサウンド処理などが一体となり、ティグラン・ハマシアンにしか成し得ない世界観を確立してしまった怪作なのである。

洪水のように押し迫る変拍子のフレーズ。からの唐突なアルメニア民謡的メロディー。
スタジオ録音ではなく、ライヴでこの驚異のクオリティ。

ティグランの音楽は、アルメニア伝統音楽への深い理解があってこそ

収録楽曲はアルメニア伝統音楽にアレンジを加えた(3)「Kars 1」、(9)「Kars 2」以外は全曲オリジナル。
ジャズのピアノトリオにシンセサイザーやエレクトロニカを持ち込んだり、複雑怪奇な変拍子をぶちかましたり、ベース奏者がエレキギターのように歪む音でソロをとったりするバンドは今どき珍しくない。だがティグラン・ハマシアンの場合はそこに“アルメニアの民族音楽”がスパイスどころか主要食材として大胆に混ざることにより、これが予想以上に効果的に彼の個性を際立たせている。

ティグラン・ハマシアンの故郷アルメニアへの愛は深い。
10代の頃からアルメニアの伝統音楽への興味を持ち続けており、近年さらに伝統音楽、宗教音楽の研究に傾倒。その成果はECMデビューとなった2015年作『Luys I Luso』や2017年作『An Ancient Observer』などに色濃く現れている。さらにはティグランが音楽を担当した2019年9月公開のオダギリジョー監督映画『ある船頭の話』でもそのエッセンスは日本の伝統的な美意識とも絡み合い、効果的に発揮されることだろう。

現在進行形のジャズをリードするティグラン・ハマシアン。現にこれだけの音楽性を見せつけられている中で蛇足かもしれないが、2006年のセロニアス・モンク国際ジャズ・コンペティションのピアノ部門で優勝するなど、ピアニストとしての腕も卓越していることも付け加えておきたい。

ティグランらしさ全開の(10)「To Negate」のライヴ演奏。
アルメニア音楽もジャズもプログレも飲み込んだこのサウンドは凄いとしか表現できない。
ティグラン・ハマシアンのアルバム『Mockroot』紹介動画。

ティグラン・ハマシアン – Mockroot

レコーディングメンバー:
Tigran Hamasyan – piano, voice, keyboards, synths, sound effects
Sam Minaie – bass
Arthur Hnatek – drums, live electronics

ゲスト:
Gayanee Movsisyan – vocal (track 5)

*(2)のみ下記編成
Tigran Hamasyan – piano
Areni Agbabian – vocal
Ben Wendel – sax
Chris Tordini – bass
Nate Wood – drums

Tigran Hamasyan - Mockroot
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