2016年末。世界が悲しみに暮れた飛行機墜落事故
2016年12月25日、ソチからシリアへと向かっていたロシア国防省の飛行機Tu-154が黒海に墜落し、搭乗者92名全員が帰らぬ人となった。
乗っていたのは“赤軍合唱団”の呼称で知られるアレクサンドロフ・アンサンブルのメンバー64名と、スタッフやジャーナリストたち。新年を祝うコンサートに出演するはずだった彼らの命は一瞬にして奪われ、ロシアのみならず彼らの音楽に親しんできた世界中が悲しみに暮れた。
赤軍合唱団はこの事故で指揮者ヴァレリー・ハリロフ中将を含むほぼ全てのメンバーを失ってしまった。当時のメンバーのうち生き残ったのはコンサートに同行していなかったソリスト僅か3名のみで、1928年創立のロシアが誇る音楽隊は文字通り壊滅した。
伝統に囚われず、新しい姿も見せていた赤軍合唱団
赤軍合唱団には直立不動の真顔で歌うイメージがつきまとうが、近年の彼らはアイドルデュオのt.A.T.uと共演したり、フィンランドのロックバンド、レニングラード・カウボーイズと共演したり、歌うときにも体が揺れたり自然な笑顔が見られたりと、旧来の伝統も大切にしつつ、時代にあわせ変化しようとチャレンジしている…そんな印象が根付いてきた最中に悲劇は起こってしまった。
この飛行機事故のあと、アレクサンドロフ・アンサンブルがどうなったのか…
とても気になって調べてみた。
飛行機事故から5週間後、赤軍合唱団は再編されていた
結論からいうと、ロシア全土が喪に服した2016年末の悲劇から5週間後の2017年2月18日、「祖国防衛軍の日(Defender of the Fatherland Day, 毎年2月23日の祝日)」に合わせてアレクサンドロフ・アンサンブル(赤軍合唱団)は再編されたようだ。
新しいメンバーのほとんどは、2017年1月15日と27日にロシア国防省が実施したオーディションを通じて“ロシアの誇り”とも言われる伝統あるアンサンブルに加わったらしい。
事故で亡くなった先代に代わり、新しく合唱団を指揮するゲンナジー・サチェニューク(Gennadiy Sachenyuk)大佐のもと、再び勇壮な歌声を響かせる赤軍合唱団の姿は多数YouTubeにもアップされている。
新しいアレクサンドロフ・アンサンブルの動画を何本か観てみたが、どうも彼らは新しいチャレンジをせず、直立不動の軍人的伝統に回帰してしまったようにも見える。
もちろん圧巻のアンサンブルは素晴らしいのだが、やはりこれでは威圧感がすごい…
人類の文化史上でも最悪の悲劇からの再生を遂げたアレクサンドロフ・アンサンブルには、その深い悲しみがもう少し癒えたら…また何か新しい一面も見せてもらいたいと思う。
アレクサンドロフ・アンサンブルの歩み
ロシアに「赤軍合唱団(Red Army Choir)」と呼ばれる団体は複数存在しているが、中でも最も伝統があり、広く知られているのが1928年に労農赤軍の楽団としてアレクサンドル・アレクサンドロフによって結成された、このアレクサンドロフ・アンサンブル(Alexandrov Ensemble, АнсамбльАлександрова)だ。
アンサンブルは少数のソリスト、大勢の合唱団、そしてロシアのバラライカなどの伝統楽器を含むオーケストラ、さらにダンサーなどで構成されており、戦前や第二次世界大戦、さらに冷戦時代やその後の時代を通じて旧西側諸国も含め世界各地で精力的に活動を行い、世界的な名声を得てきた。
創立者のアレクサンドル・アレクサンドロフ(Александр Васильевич Александров)はソ連国歌の作曲でも知られる人物で、1946年に巡業先のベルリンで死去するまでアンサンブルを率いた。その後は息子のボリス・アレクサンドロフに引き継がれるなど、飛行機事故までに合計8人の指揮者のもとロシアを代表する楽団となった。