ユーロジャズの真骨頂、ラーシュ・ダニエルソンの“Liberetto”
北欧ジャズを代表するベース/チェロ奏者、ラーシュ・ダニエルソン(Lars Danielsson)のバンドプロジェクト、Liberetto が始動したのは2011年。ジャズという世界共通言語のもと、国籍を越えて集まったメンバーがヨーロッパ・ジャズの真骨頂ともいえる音楽を美しく結実させた。
Liberettoは2010年代に3枚のアルバムをリリースしており、そのどれもがヨーロッパジャズ史に輝く名盤だ。
チェンバージャズ、クラシック、そしてヨーロッパのフォークミュージックが境目なく融合し、音楽の美しさが凝縮されたこの3枚の作品を順に紹介していきたい。
アルバムはどれもが北欧ジャズの透明で清涼感のある美しさを持ちながら、よく聴くとヨーロッパ周辺各地の民族的な音楽の色合いが混ざり、素晴らしく豊潤な音楽に仕上がっている。
Liberetto(2012)
ラーシュ・ダニエルソンの他、ピアノにティグラン・ハマシアン(Tigran Hamasyan)、トランペットにアルヴェ・ヘンリクセン(Arve Henriksen)、ドラムスにマグヌス・オストロム(Magnus Öström)、ギターにジョン・パリチェリ(John Parricelli)という編成で制作された記念すべき第1作目『Liberetto』。
スウェーデンの1958年生まれの重鎮ラーシュ・ダニエルソンが、1987年アルメニア生まれ、当時注目され始めていた若手ピアニストのティグラン・ハマシアンと組むなど、誰も予想しえなかった。収録曲はアルメニアの伝統曲(7)「Hov Arek Sarer Djan」を除き、ラーシュかティグランが作曲(共作もある)している。アルバムの表題曲(2)「Liberetto」など、北欧らしい哀愁のある旋律がとても美しい。
ノルウェーのトランペッター、アルヴェ・ヘンリクセンは日本の伝統音楽、特に尺八からの影響を公言しており、その独特のかすれた音色は(1)「Yerevan」などで聴くことができ、深い精神世界を感じさせる。
ギタリストのジョン・パリチェリはイギリスの出身。(8)「Party On the Planet」などエフェクターを用いたエレクトリックギターの演奏も効果的だが、(11)「Ahdes Theme」でのアコースティックギターでのも素晴らしい。ソロの音選びはブルースに影響を受けた比較的オーソドックスなものだが、この個性派揃いのバンドの中ではむしろ目立ちすぎずバンド全体のサウンドを引き締める裏方役に徹しているとも思える。
そしてやはり、自然と聴き入ってしまうのがティグラン・ハマシアンの流麗なピアノだ。(4)「Orange Market」、(6)「Svensk Låt」などで聴ける彼のアドリブソロでは随所にアルメニア音楽由来と思われる不思議で美しいフレーズが繰り出され、このアルバムに漂う異国情緒を増幅させる。
Liberetto :
Lars Danielsson – bass, cello, wurlitzer piano (8)
Tigran Hamasyan – piano, vocal (7)
John Parricelli – guitar
Arve Henriksen – trumpet
Magnus Öström – drums, percussion
Liberetto II(2014)
2014年の『Liberetto II』は前作からアルヴェ・ヘンリクセンが抜け、残る4人でのカルテット編成となった第2作目。トランペットにはアルヴェの代わりに、ノルウェー出身のマティアス・アイク(Mathias Eick)がゲスト扱いで参加している。
キラートラックは(4)「Africa」だろう。美しいメロディーも三連符のリズムも最高だが、この楽曲を際立たせているのはドラマーのマグヌス・オストロムだ。
21世紀のジャズを語る上で欠かせないスウェーデンのバンド、エスビョルン・スヴェンソン・トリオ(Esbjörn Svensson Trio / e.s.t.)のドラマーだった彼らしいプレイで、e.s.t. はマグヌス・オストロムが叩くリズムなしで成立しなかったのだと思える唯一無二の圧巻の演奏を聴くことができる。
マグナスが叩き出すリズムと美しいメロディーが一緒になったときに、無敵の音楽が誕生する。
同曲(4)「Africa」では、ラーシュ・ダニエルソンはベースとチェロを多重録音。ピチカート奏法(指弾き)のチェロでメロディーラインやソロを演奏しており、ソロではアルコ奏法(弓弾き)も披露する。これがまた素晴らしく、1曲の中で多彩な展開を見せる同曲の魅力を何倍にも拡大している。
ラーシュ・ダニエルソンはベーシストの印象が強いが、元々はクラシックのチェロを習っており、その後ベースに転身したようだ。
(2)「Passacaglia」も美しい曲だ。曲名「パッサカリア」は本来ゆったりとした3拍子の古風な音楽形式のことだが、この楽曲は4拍子であることから、パッサカリアのイメージを描いたものなのかもしれない。
(5)〜(7)はラーシュ・ダニエルソンのベース&チェロと、マティアス・アイクのトランペットのみでの組曲が繰り広げられる。
Liberetto II :
Lars Danielsson – bass, cello, piano (1), piano melody (3,9)
Tigran Hamasyan – piano, fender rhodes
John Parricelli – guitar
Magnus Öström – drums, percussion, electronics
Guests :
Mathias Eick – trumpet
Dominic Miller – guitar (1)
Cæcilie Norby – voice (12)
Zohar Fresco – percussion, vocal (9)
Liberetto III(2017)
2017年の『Liberetto III』では、ピアノがティグラン・ハマシアンからフランス領マルティニーク出身のグレゴリー・プリヴァ(Gregory Privat)に交代。ティグランが担当していたときのような辺境ジャズ感は薄れたものの、アルバム全体の印象としては前2作から大きな変化はなく、ヨーロッパ周辺の無国籍ジャズを体現している感じがする。
本作では1stにメンバーとして名を連ねていたアルヴェ・ヘンリクセン(tp)が4曲で再参加しているのも嬉しい。
ハイライトは(4)「Taksim by Night」だろう。パリを拠点に活動するウード奏者、ハッサン・アリワット(Hussam Aliwat)が参加する同曲は耳馴染みの良いリズムや陰影のある美しい旋律が印象的な楽曲だ。ここでもマグヌス・オストロムが叩き出す繊細なリズムが楽曲をより魅力的なものにしている。
(7)「Sonata in Spain」では冒頭8小節のエキゾチックなメロディーに対し直後の8小節では同じメロディーに違うパターンのコードを用いているが、難解になり過ぎない絶妙なバランスで豊かな展開を見せる。
ラーシュ・ダニエルソンがモロッコ・アルジェリアなど北アフリカの音楽で欠かすことのできない弦楽器ゲンブリを弾いている(9)「Gimbri Heart」も聴き逃せない。冒頭のグナワ(モロッコの民族音楽)のような呪術的な響きから一転、中間部からはジョン・パリチェリの歪んだギターソロが雄叫びをあげる。
ラストの(12)「Berchidda」ではジョン・パリチェリのギターはボサノヴァのリズムをゆったりと刻むが、ドラムスはブラシ奏法でしっとりと、ピアノは北欧らしいシンプルな旋律を丁寧に歌い上げ、心地よくアルバムに幕を下ろす。
Liberetto III :
Lars Danielsson – bass, cello, piano (5,8), wah-wah cello & guembri (9)
Gregory Privat – piano
John Parricelli – guitar
Magnus Ostrom – drums, percussion
Guests:
Arve Henriksen – trumpet (1,2,6,9), voice (6)
Dominic Miller – acoustic guitar (10)
Hussam Aliwat – oud (4,7)
Bjorn Bohlin – english horn (2,3,8), oboe d’amore (1)
Mathias Eick – trumpet (10)
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2021年、ラーシュ・ダニエルソンはLiberettoの第4弾となるアルバム『Cloudland』をリリースした。