コソボ出身の新鋭ベーシスト、会心のデビュー作
紛争により1999年から分断されたままのコソボ共和国の都市ミトロヴィツァ出身で、現在はトルコ・イスタンブールを拠点に活動するベーシスト、エンヴァー・ムハメディ(Enver Muhamedi)の初リーダー作『Letter to K』は、ピアノにエティバル・アサドリ(Etibar Asadli)を迎えたセクステットによる意欲的な現代ジャズ作品だ。
アルバムタイトル『Kへの手紙』のKとは、彼の出生地コソボ(Kosovo)のこと。彼が生まれたコソボ北部の都市ミトロヴィツァは、1998年〜1999年のコソボ紛争で壊滅的な被害を受け、紛争終結後は南のアルバニア人と北のセルビア人によって南北に分断された。Wikipediaには、ミトロヴィツァの現状について次のような記述がある。
ミトロヴィツァは、2つの民族による互いに対する民族浄化の的となった。これは、双方の民族主義者によって激化した。町の北側と南側をつなぐ橋は、武装したKFORの兵士によって守られており、民族間を分断し、他方への侵入と衝突の発生を防いでいる。ミトロヴィツァでの民族間の緊張により、多数のKFORの兵士と国際連合コソボ暫定行政ミッション(UNMIK)警察が配備され、多発する民族間の衝突に対処している。しかしながら、暴力や迫害はセルビア人・アルバニア人の間にとどまらず他の民族の住民へと向けられることもあり、町の各所や、さらには個々の建物の前にも兵士や警察が防衛に当たらなければならない状況となっている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%84%E3%82%A1_(%E3%82%B3%E3%82%BD%E3%83%9C)
こうした遠い国の状況を私たち日本人が正確に把握することは難しいが、この出来事の当事者でもあるアーティストが音楽を通じて自身の想いを発信してくれることは、その地域に想いを馳せるきっかけにもなるというものだ。
事実、アルバムには(1)「Letter to K」、(4)「Journey」、(5)「Beyond the Bridge」、(7)「Once Upon a Time in Balkans」といった故郷への悲痛な想いが綴られた楽曲が並ぶ。コントラバスのアルコ奏法(弓弾き)によって導かれる(3)「Inner Song」の冒頭など、なんと悲しく美しい音色だろうか…。
太く重いベースの音色を奏でるエンヴァー・ムハメディは全8曲中、7曲を作曲。どれもが印象的な旋律を擁し、サックスのバトゥ・サリエル(Batu Salliel)やトロンボーンのBulut Gulen、ギターのTumer Ulucinarらトルコの気鋭奏者たちによる見事な演奏が音楽が持つ説得力をより一層強化する。
(2)「K.T.A」のみピアノのエティバル・アサドリの作曲で、本作のメンバー唯一のアゼルバイジャン出身の彼らしいムガームジャズの影響が垣間見える流麗な演奏になっている(エティバル・アサドリといえば微分音ピアノの使い手だが、本作でのピアノは全て通常の調律となっている)。
コソボという国の名を聞けば、多くの人が“紛争地域”というイメージを持つと思う。紛争によって分断された街からやってきた若いミュージシャンが、その故郷へ寄せた複雑な想い。──これはじっくりと耳を傾けたい作品だ。
Enver Muhamedi – bass
Etibar Asadli – piano
Ekin Cengizkan – drums
Batu Salliel – tenor saxophone
Bulut Gulen – trombone
Tumer Ulucinar – guitar