ロックの精神とジャズの技術を持て余したアヴィシャイ・コーエン、比類なき傑作『Big Vicious』

Avishai Cohen & Big Vicious - Big Vicious

アヴィシャイ・コーエンのロック愛溢れる新譜

イスラエル出身のトランペッター、アヴィシャイ・コーエン(Avishai Cohen)のECMレーベルからの最新作『Big Vicious』は、静謐な物語を封じ込めた前作のヨナタン・アヴィシャイ(Yonathan Avishai)とのデュオ『Playing the Room』(2019年)からは打って変わり、5人編成のバンドでのロックやプログレ、クラシック、さらには現代的なビートミュージックも飲み込んだおそるべき作品だ。

本作のバンド、ビッグ・ヴィシャス(Big Vicious)はアヴィシャイ・コーエンが活動の拠点を米国からイスラエルに移した2014年頃に結成しているが、本作が満を辞してのデビューとなった。
アルバムは近年のイスラエルジャズ/ネオソウル界隈の中心人物、リジョイサー(Rejoicer)のスタジオで収録。アヴィヴ・コーエン(Aviv Cohen)、ジヴ・ラヴィッツ(Ziv Ravitz)という二人の俊英ドラマーに、SSWでありロックやジャズなどジャンルを超えて活躍するギタリストのウジ・ラミレス(Uzi Ramirez)、そしてギターとベースを担当するヨナタン・アルバラク(Yonatan Albalak)という不思議な編成のバンドが生み出すサウンドは、現代的なライヴ・エフェクトの手法も相まって幻想的かつ強力な音響を与えてくれる。

アルバムのほとんどはオリジナル曲だが、ユニークな2曲のカヴァーも収録。
そのうちの1曲はマッシヴ・アタック(Massive Attack)の1998年作『Mezzanine』に収録されていた名曲(6)「Teardrop」で、ここではアンビエントな雰囲気を強く前面に出したアレンジが繰り広げられる。

マッシヴ・アタック(Massive Attack)の(6)「Teardrop」

もうひとつのカヴァー曲はなんとベートーヴェンの(4)「月光のソナタ(Moonlight Sonata)」。この意表を突く選曲には驚かされた。

Avishai Cohen & Big Viciousによるベートーヴェン「月光のソナタ」のカヴァーのライヴ演奏。

バンドのロック嗜好はシンコペーションするエイトビートが気持ちいい(3)「King Kutner」などに顕著だ。この演奏からは“トランペットでロックをやってますが、何か?”という気概が感じられてとても良い、最高だ。
個人的な意見だが、ロック精神を持ったジャズアーティストはもう無敵の音楽家に思える。

アヴィシャイ・コーエン(tr)略歴

アヴィシャイ・コーエン(トランペットのほう)は1978年、イスラエル・テルアビブ出身のトランペット奏者/作曲家。わざわざ“トランペットのほう”と注釈を付けているのは、同姓同名のアヴィシャイ・コーエンという全く別人の著名なベーシストが他に存在しているためだ(この同ジャンルでの同姓同名問題により、「アヴィシャイ・コーエンという人はベースもトランペットも上手くてすごいー!」という勘違いが少なからず生じている)。
2003年のデビューアルバム『The Trumpet Player』というタイトルは、既にジャズ/フュージョンの大御所チック・コリア(Chick Corea)のバンドなどで活躍していた“ベースの方”との混同を避けるためだったと言われている。

マイルス・デイヴィス(Miles Davis)からの強い影響も公言しており、新旧の音楽を巧みに吸収した音楽性で現代のジャズ・トランペット奏者の最前線を行く。

兄弟にクラリネット/サックス奏者の妹アナット・コーエン(Anat Cohen, 1979年 -)、サックス奏者の兄ユヴァル・コーエン(Yuval Cohen, 1973年 -)がおり、この3兄弟でのかつてのバンド「3 Cohens」での活動も知られている。

今作『Big Vicious』には残念ながら収録されてないが、Radioheadの名曲「Pyramid Song」のライヴ映像も。
アヴィシャイ・コーエンのグラスも最高だ。

Avishai Cohen & Big Vicious :
Avishai Cohen – trumpet, effects, synthesizer
Uzi Ramirez – guitar
Yonatan Albalak – guitar, bass
Aviv Cohen – drums
Ziv Ravitz – drums, live sampling

Avishai Cohen & Big Vicious - Big Vicious
最新情報をチェックしよう!