ティグラン・ハマシアンに最も近い男、青髭のロン・ミニス(Ron Minis)
ティグラン・ハマシアンの音楽を好きな方には、全力でロン・ミニス(Ron Minis)をおすすめしたい。
ロン・ミニスは1985年生まれのイスラエル・テルアビブを拠点に活動するピアニスト/作曲家。ピアノの他にギターやベース、ドラムスも演奏するマルチ器楽奏者だ。両親はロシア出身で、青く染めた髭がトレードマークのアーティストである。
彼は2014年にアルバム『נקודת אור』でデビューしたが、この頃はヨニ・レヒテル(Yoni Rechter)やシュロモ・グロニフ(Shlomo Gronich)といった70〜80年代のイスラエル・ロックの影響を受けた複雑なチェンバーポップ音楽といった印象で、ストリングス・カルテットをフィーチュアしたりとサウンド面でもクラシックの影響が濃かった。自らヴォーカルも取るなどこれはこれで興味深い作品だったのだが、Apple Music でもジャンルは雑に「クラシック」に分類(全然クラシックではないのだが…)されるなど、世界的な市場から見れば陽の目を見ることはなかった。
そんな彼が、2018年の2nd『Pale Blue Dot』で突如豹変。時に激しく時にリリカルなピアノ、ポリリズムや変拍子を多用した変態的リズム、メタルやプログレに大きく影響されたジャズ──つまり、誤解を恐れずに言うならばティグラン・ハマシアン風サウンドに一気に傾倒したのだ。歌は一切なし、全編インスト。…前作からのファンはさぞ困惑したことだろう。
サウンド面ではドラマー、ヨゲヴ・ガバイ(Yogev Gabay)の貢献が大きい。
本作ではもう一人のドラマー、ダニエル・ドール(Daniel Dor, イスラエルを代表するベーシスト、アヴィシャイ・コーエンのトリオで来日もしている)が3,4曲目で叩いており、それ以外の曲でヨゲヴ・ガバイが叩いているが、ジャズの本流とも言えるダニエル・ドールに比べ明らかにロックやプログレに寄ったドラミングで、ティグラン・ハマシアンのバンドのドラマー、アーサー・ナテック(Arthur Hnatek)のような完璧な人選だ。
(2)「The Aggregate (Of Our Joy and Suffering)」や(5)「Teacher of Morals」など、これはもうティグラン・ハマシアンの新曲と言われても納得してしまうほどのクオリティだと思う。
YouTubeチャンネルでは10万人のフォロワーを抱える人気者
ロン・ミニス(Ron Minis, ヘブライ語:רון מיניס)は間違いなく音楽家として類稀なセンスを持つアーティストだが、近年はYouTubeでもユニークなコンテンツをアップするなど人気を得ているようだ。
グランドピアノの音をエフェクターやシンセサイザーを駆使して歪んだギターのようにしたり、ティグラン・ハマシアンのポリリズムと変拍子の嵐の難曲「Entertain Me」を一人バンドでやっちゃったり…。
他にもIKEAの組み立て式家具にインスパイアされた「IKEA against the machine」、車の警告音を音楽にした「The secret music your car alarm makes」、エレベーターをテーマにした「The secret music your elevator makes」などクレイジーな音楽動画が多数アップされており、チャンネル登録者数は10万人を超えている。
ちなみに2ndのアルバムタイトル「Pale Blue Dot(ペイルブルードット、淡く青い点)」とは、NASAが1977年に打ち上げた宇宙探査機ボイジャー1号が太陽系に別れを告げようとしていた1990年に約60億キロメートルの彼方から撮影した地球の写真のことを指す。
地球をもっとも遠くから写したこの写真は、人類の活動というものが宇宙から見ればいかにちっぽけなものかを再認識させられる歴史的な一枚だ。
そんなことを考えながらこのアルバムを聴くと、この壮大な音楽からもある種の孤独や儚さのようなものが伝わってくる。
Ron Minis – piano, effects
Avri Borochov – contrabass
Yogev Gabay – drums (1,2,4,5,6,7)
Daniel Dor – drums (3, 4)