フレットレスギターの先駆者エルカン・オグル新譜
エルカン・オグル(Erkan Oğur)は1954年、トルコ・アンカラ生まれのギタリスト/作曲家。1976年に最初のフレットレスのクラシックギターを発明し、トルコの伝統音楽やクラシック音楽、ジャズを組み合わせた独自の音楽性で生きる伝説となっている音楽家だ。
今回紹介する“誰もいない”という意味のタイトルが冠されたアルバム『Kimse Kalmadı』は、2020年9月リリースのエルカン・オグルの新譜。
フレットレスギター(あるいはサズ)、ピアノ、コントラバス、ドラムスというシンプルなカルテット編成だが、フレットレスギターによって奏でられる微分音が特徴的な興味を強く惹かれるジャズだ。
エルカン・オグルが“フレットレス”にこだわる理由
「フレット」とは、一般的なギターなどの弦楽器に見られる、ネックに埋め込まれた構造のことで、楽器の音を正確に十二平均律の調律で鳴らすためには欠かせないものだ。
フレットの存在によって西洋音楽でスタンダードな、1オクターブを12等分した調律、つまり十二平均律での演奏を容易にできるというメリットがあり、多くの場合はこれによるデメリットは全くないが、ときに“西洋音楽にはない”調律を持つ音楽文化からしてみれば、このフレットによる音律の制限が邪魔になることもある。
エルカン・オグルがフレットレス(=フレットのない)のギターにこだわる理由は、まさに中東音楽に特有の微分音(西洋音楽の半音をさらに細かく分けた音程)を正確に再現するため。彼にとって、楽器からフレットを抜く理由は、“フレットがあると彼の表現したい音楽を演奏できないから”なのだ。
中東で広く演奏されているリュート属の楽器・ウードもフレットレスだが、彼はそれを選ばずにわざわざクラシックギターからフレットを抜き取る道を選んだ。科学者を目指し、物理学を専攻しながらも、途中で音楽の道を志し、イスタンブールの国立音楽院で音楽を学んだという経歴にもあるように、おそらくはつまり、変人なのだろう(だからこその“パイオニア”なわけだけど…)。
少し話は逸れるが、本作で完璧にコントロールされたタッチで素晴らしいピアノを弾いているジャン・チャンカヤ(Can Çankaya)も、幼少時よりトルコの古典音楽やマイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーンなどを聴いて育ったという根っからの芸術家タイプだが、彼もまた音楽の本よりも物理学の本をたくさん読んだというから、エルカン・オグルとも話が合うのかもしれない。
フレットレスのクラシックギターに貼られたナイロン弦はウードにはない甘さを放ち、その音色はとても魅力的。
クラシックギター以外にエレクトリックギターや、リュートやサズといった伝統楽器も演奏し、独特の音階や様々な音色で楽しませてくれる逸品だ。
Erkan Oğur – komuz, classical guitar, Oğur guitar, fretless electric guitar
Can Çankaya – piano, keyboards
Turgut Alp Bekoğlu – drums
Matt Hall – contrabass