「音楽家は静寂のスタイリスト」ミナスの新星SSWマルコス・ルファート インタビュー

Marcos Ruffato

ミナス音楽の魅力が詰まった衝撃のデビュー作『Vata』

9月下旬にリリースされたマルコス・ルファート(Marcos Ruffato)というSSWのデビュー作『Vata』が衝撃的なクオリティだった。日本でも人気のトニーニョ・オルタなどの重鎮や、“ミナス新世代”の若手ミュージシャンらが多数参加し、アルバムの全13曲どれもが洗練されていて、ミナス音楽特有の爽やかさや美しさがありとにかく素晴らしい。聞き慣れないマルコス・ルファート、どんな人だろうと思って調べたら、1983年生まれと2020年にデビューするには決して若い歳ではない。器楽曲のコンテスト、BDMG Instrumental で2016年に優勝。クラウドファンディングで資金を集め、アルバムを作り始めたのはそれからだという。

これだけの才能を持った音楽家が、少なくともここ日本で今まで無名だったことが不思議なくらい。幸いなことに、SNSで彼のアカウントがすぐに見つけられたので、興味深い話をいろいろと直接訊いてみた。
音楽家としての経歴や哲学、アルバムへの想い、豊富な人脈との出会い、そして愛用する楽器であるギターやバンドリンの話…。とても気さくに教えて頂いたので、彼の素晴らしい音楽とともに、ぜひこのインタビューでその人柄にも触れていただければ嬉しい。

Marcos Ruffato

Marcos Ruffato インタビュー

── あなたが初めてBDMGインストゥルメンタル・アワードに応募したのは30歳を過ぎてからのようですが、音楽活動を本格的に始めたのはいつからですか?

Marcos Ruffato 僕がまだ12歳の少年だった頃、地元のアーティストをプロデュースしたり広告用の音楽を作ったりしていた父のスタジオで、よく午後を過ごしていた。15歳の頃には僕もスタジオの使い方を覚え、広告のジングルや楽曲を作り始めたんだ。16歳で、僕は自分の演奏で初めての収入を得た。その日から、ロックバンドのギタリストとして毎週金曜日に演奏することになった。これが僕の音楽のキャリアの始まりだと思う。

── 作曲や楽器の演奏はどのようにして学びましたか?

Marcos Ruffato 僕が最初に音楽を学んだのは、家庭だった。父は独学のギタリストで、母はクラシックピアノを習って弾いていた。
僕が3〜4歳の頃、父方の祖父が初めてコードや民謡を教えてくれたんだ。その頃、僕は将来ドラマーか宇宙飛行士になる予定だったんだけどね(笑)。6〜7歳の頃、僕は祖父と一緒に初めて曲をつくった。それは、月に捧げる小さなワルツだったよ。

CDのメディアがブラジルに到来したとき、父は自分のLPの膨大なコレクション──トニーニョ・オルタ、トム・ジョビン、カエターノ・ヴェローゾ、ミルトン・ナシメント、ジョイス、シコ・ブアルキ、ベト・ゲヂス、ロー・ボルジェス、エドゥ・ロボ、ジョアン・ボスコ、ジャコー・ド・バンドリン、パット・メセニー、スティーヴ・ヴァイ、アラン・ホールズワース、スティーリー・ダン、ニルヴァーナ、ビートルズ、ジェネシス(フィル・コリンズが初めて歌ったアルバム)、イエスの『危機』など、他にもたくさん!──を僕にくれた。これらの音は、今でも僕の心と耳にしっかり録音されている。

12歳の頃、両親からギターを貰い、毎日父からレッスンを受け、耳コピの方法も覚えた。15歳くらいになると、トム・ジョビンやシコ・ブアルキの曲を弾きたくなって、耳コピして弾いては父に指導してもらっていた。そんなとき、父が教えてくれたギタリストが僕の人生を大きく変えることになった──ジョー・パスだ。

22歳くらいのとき、友人のフェルナンド・ボルジェス(今はポルト・アレグレに住んでいるジャズギタリスト)が僕にハーモニーの仕組みを教えてくれた。その後、身近にいた偉大なミュージシャンから、いくつかの講義を受けた。セルソ・モレイラ、ハファエル・マルチニ、フェリピ・ヴィラス・ボアス(彼は最高の友人で、支払いはビールで良い、と言ってくれたよ!)、ジュリオ・マルケス、マテウス・バルボサ、他にもたくさん。

30歳前後の頃はセアラー州で12月の第1週に行われていたショーロ・ジャズ・フェスティバルのクラスに頻繁に参加した。そこでイチベレ・ツヴァルギ、マウリシオ・カリーリョ、アンドレ・マルケス、アリスマール・ド・エスピリト・サント、フィロ・マシャード、ルラ・ガルヴァォン、ダニロ・ブリート、ルイス・バルセロスといった憧れの人たちからレッスンを受けた。

母は僕が幼い頃、楽譜を読むことを教えてくれたけど、2014年頃までほとんど楽譜の読み書きは練習してこなかった。自分のアルバムを録音するためにアレンジをすることになって、楽譜ソフトを使っていくつかの曲を書いてみて、友人のカルロス・ワルター[*1]に見せたら「バンドリンで弾けば良い感じになると思うよ」と言ってくれた。この努力の結果が、2016年のBDMG賞なんだ。
それまでに、僕はバンドリンで10ほどのショーロを弾けるようになっていた。それから、僕はインスト曲をいくつか書いてインストゥルメンタル・セスキ・ブラジル(Instrumental SESC Brasil)で演奏するという大仕事をやって、バンドリン奏者としてもスキルアップした。

*1 カルロス・ワルター(Carlos Walter)…2015年にアルバム『Calendário do Afeto』をリリースしているシンガー・ソング・ライター。

「音楽家は静寂を着飾らせるスタイリスト」

Marcos Ruffato 要するに、僕の音楽への関心は常に仕事、好奇心、感情、そして音楽そのものと偉大な巨匠たちへのリスペクトによって突き動かされてきたんだ。音楽を学んでいるときも、いつの間にか作曲モードに切り替わってしまうことが多いから、いつも創作のために気持ちを自由にしようとしている。これが僕の中で起こっていることだ。

さらに言うと、僕にとって音楽やアート全般は、感情的な記憶にアクセスすることにも関係している。自分たちが何者であるかっていう、空っぽの「核」に繋がるノスタルジックな感情にアーティストがアクセスすることはとても特別なことだと思う。何もない空間にアートをつくる陶芸家のように、芸術はいろいろな方法で、人々の心の中の空虚な空間に共鳴するものを運ぶんだ。

昨夜、ガイア・ヴィルメル[*2]を聴いていて思ったんだけど、音楽とは静寂を包むドレスのようなものなのかもしれない。音楽家は静寂を着飾らせるスタイリストだと考えるのは面白い。そして、静寂そのものが最も価値のあるもののひとつであるなら、音楽家の仕事というものはさらに尊い。歌が静寂を優しく覆えるなら良いね。

*2 ガイア・ヴィルメル(Gaia Wilmer)…NYを拠点に活動するブラジル出身の女性作曲家/サキソフォニスト。オクテットを率いて2018年に『Migrations』でデビュー。

── 曲を思いつくのは、どんな時?

Marcos Ruffato 外を散歩しているときとか、自転車に乗っているときにメロディーが浮かぶことが多い。歌詞は旅行しているとき…大抵は子供の頃に訪れたような、田舎の方に行ったときかな。

── バンドリンはおじいさんから受け継いだそうですが、今もその楽器を使っていますか?そしてこの楽器にはどんな思い出がありますか?

Marcos Ruffato 今も持っているし、たまに弾くのは楽しいんだけど、さすがに楽器が古すぎてステージでは使えないね!
祖父は90年代に亡くなったのだけど、2014年にある女性が父に電話をしてきて、祖父が新しい楽器を買った時に彼女にプレゼントした古いバンドリンをまだ持っているので要らないかと聞いてきたんだ。彼女は父のギターのかつての生徒で、当時バンドリンも始める予定だった。
父は祖父が最後に買ったデル・ベッキオ(Del Vecchio)のリゾネーター・バンドリンを持っていたので、僕がその古い楽器を譲り受けた。そういう訳でこの古いバンドリン自体にはあまり思い出はないけど、父のリゾネーター・バンドリンには子供の頃の大切な思い出がたくさんあるよ。

── 影響を受けた音楽家や、尊敬する音楽家は?

Marcos Ruffato なんて難しい質問なんだ!これは大鉢のサラダになるぞ(笑)。準備はいいかい?

まず、豊かな大自然。

次に、Chiquinha Gonzaga, Pixinguinha, Villa-Lobos, Garoto, João Gilberto, Tom Jobim, Toninho Horta, Hermeto Pascoal, Dominguinhos, Sivuca, Chico Buarque, Edu Lobo, Milton Nascimento, Nelson Ângelo, Tavinho Moura, Beto Guedes, Família Borges, Francis Hime, Guinga, Joyce, Caetano Veloso, Gilberto Gil, Dori Caymmi, Dorival Caymmi, Moacir Santos, Paulinho da Viola, Djavan, Gonzaguinha, João Bosco, Gal Costa, Elis Regina, Rosa Passos, Ilessi, Tatiana Parra, Chico Pinheiro, Vanessa Moreno.
Itiberê Zwarg, Gaia Wilmer, Letieres Leite (and Orkestra Rumpilezz), Banda Black Rio, Banda Mantiqueira, Rafael Martini, Antonio Loureiro, Davi Fonseca, Alexandre Andrés, Felipe José, Rafael Macedo, Carol Panezzi, Joana Queiroz, Carol D’Ávila, Mariana Zwarg, Sá Reston, Nelson Ayres, Cesar Camargo Mariano, Trio Curupira, Trio Corrente, Pau Brasil, Zimbo Trio, Egberto Gismonti, Jacob do Bandolim, K-Ximbinho, Rosinha de Valença, Baden Powell, Paulo Moura, Nailor Proveta, Alexandre Ribeiro, Dino 7 Cordas, Raphael Rabello, Rogério Caetano, Gian Correa, João Camareiro.
Leny Andrade, Beth Carvalho, Mônica Salmaso, Os Tincoãs, Elton Medeiros, Wilson Batista, Jackson do Pandeiro, Bezerra da Silva, Hélio Delmiro, Cristóvão Bastos, Hamilton de Holanda, Fábio Peron, Pedro Amorim, Mestrinho, Pedro Martins, Pipoquinha.
Bach, Beethoven, Mahler, Debussy, Rachmaninoff, Stravinsky, John Coltrane, Charlie Parker, Miles Davis, Bill Evans, Dexter Gordon, Wes Montgomery, Django Reinhardt, Joe Pass, Jim Hall, John Scofield, Pat Metheny, Mike Stern, Kurt Rosenwinkel, Adam Rogers, Chris Thile, Jaco Pastorius, Ron Carter, Esperanza Spalding, Wayne Shorter, Sonny Rollins, Freddie Hubbard, Chet Baker, Stevie Wonder, Ray Charles, Herbie Hancock, Brad Mehldau, Amina Figarova, Tigran Hamasyan, Ari Hoenig, Shai Maestro, Michel Camilo, Astor Piazzolla, Guillermo Klein, Los Panchos, Hiatus Kaiyote, Led Zeppelin, Stone Temple Pilots, Rage Against the Machine…️

Marcos Ruffato

「『Vata』は呼吸であり、地平線に広がる重い雲を取り払うために手を差し伸べようとしている風なんだ」

── BDMGで受賞をしたのはインスト曲、2016年のSESCのステージを見ても、今作には収録されていないインスト曲ばかりです。今回、なぜインストではなく、歌でアルバムを出そうと思ったのでしょうか?

Marcos Ruffato 僕はいつもたくさんのインスト曲を聴いたり学んだりしてきたけど、自分の楽器奏者としての技術を伸ばすのに充分な時間と労力は費やしてこなかった。ギターやバンドリンの演奏に本気で打ち込んだ時期もあったけど、僕の心は勉強している時間を創造的な時間に変えてしまうことがよくあるんだ。それはいつも不随意に起こり、僕の楽器奏者としての進化を阻んできたかもしれないけど、有難いことにそれが自分をシンガーソングライターへと導いてくれた。

ほとんどの場合、僕の音楽は言葉を通じて降りてくる。言葉からメロディーに変換するときもあるし、その逆もある。そして、ポルトガル語はとても音楽的な言語で、僕にたくさんのインスピレーションを与えてくれるんだ!メロディーと歌詞はよく同時に生まれる。メロディーもまた、歌詞に対して風景をもたらしてくれる。『Vata』の歌詞は自然に関するものが多く、たくさんのイメージがある。自然について歌っているけど、それは僕たちの社会の重要なテーマに乗り込むサポートをするための比喩的な要素もある。ブラジル、そして地球は今つらい瞬間を乗り越えようとしている。希望の言葉を言い、現状に抗うための他の言葉を言うことで、『Vata』が僕たちの生活にいくらかの安堵を与えられればいい。これは呼吸であり、地平線に広がる重い雲を取り払うために手を差し伸べようとしている風なんだ。

2016年10月31日に行われたInstrumental SESC Brasil でのライヴ演奏

──『Vata』にはとても多彩なゲストミュージシャンが参加していますが、彼らとはどのような繋がりがあったのでしょうか?特にトニーニョ・オルタの参加には驚きました!

Marcos Ruffato 彼らのほとんどが僕の友人だよ。他の何人かはコンサートやホーダ・ヂ・ショーロ[*3]を通じて出会い、レコーディングに招待した。

トニーニョ・オルタ[*4]はとても寛大で親しみやすい人で、ベロ・オリゾンチのミュージシャンとの距離感がとても近いんだ。僕は彼に「Frevo pra Acordar」という曲(フレーヴォというより、マルシャ・ハンショに近いかな)を招待メッセージと一緒に送った。そしたら参加してくれることになったんだ。

2019年の12月、僕はショーロ・ジャズ・フェスティバルのためにフォルタレザにいた。『Vata』のクラウドファンディングのチラシを配っていたときにクリストヴァン・バストス[*5]がそのうちの1枚を手にとってくれた。そこから僕たちは交流を始め、招待状を添えて「O Azul」という曲を送ったら、彼はそれをリオで録音してテイクを送ってくれた。

セルジオ・サントス[*6]に初めて会ったのはマイラ・マンガと一緒に歌のクラスを受講しているときだった。彼はマイラが歌った「Pescador」を褒めてくれたので、僕は彼に「Setembro」という曲を送ったら、気に入ってくれて参加してくれたんだ。

他にもたくさんの友人が心を開いて参加してくれたけど、僕には時々これが夢のようにも見える、音楽的な個性の美しい融合だと思っている。
良い風が僕らに『Vata』をもたらしてくれた。良い雰囲気、多くの人たちの協力と寛大さ。『Vata』はたくさんの人による手作りmany-hands-madeのアルバムなんだ。

*3 ホーダ・ヂ・ショーロ…大勢で気軽に集まり、輪になってショーロのアンサンブル演奏を楽しむもの。家や公園、街角など場所を選ばずに行われている。
*4 トニーニョ・オルタ(Toninho Horta)…ブラジルを代表する人気ギタリスト/作曲家。『Vata』収録の(5)「Frevo pra Acordar」にギターでゲスト参加。
*5 クリストヴァン・バストス(Cristóvão Bastos)…1946年生まれの重鎮ピアニスト/作曲家。『Vata』では(1)「O Azul」にピアノで参加している。
*6 セルジオ・サントス(Sergio Santos)…ミナスのベテランSSW。(10)「Setembro」でヴォーカルでゲスト参加。

── これは個人的な興味なのですが、日本の楽器屋には7弦のナイロン弦ギターはほとんど売っていません。ブラジルの7弦ギターを購入したいとき、おすすめのメーカーがあれば教えてください。

Marcos Ruffato 日本には素晴らしい職人がたくさんいるので、日本の職人にオーダーするのは難しくないんじゃないかな。
ブラジルでも最高のギターは職人が作ったものだよ。僕はMario Machado (MG) の1999年のモデルを愛用している。ほかにもJoão Scremin (SP) や Lineu Bravo (RJ) など、良い製作者はたくさんいる。「Do Souto」は、かつてヂノ・セッチ・コルダス[*7]をはじめとする数多くのショーロ・ミュージシャンに楽器を提供していた素晴らしいブランドだよ。

僕はまた、ホーダ・ヂ・ショーロでよくあるフラットワウンドのスチール弦を張った7弦ギターも大好きだ。これは楽器との接触を“ジャジー”にしてくれるんだ。ジャズギターの弦は7弦ギターでもよく響くんだよ!爪の中での弦のタッチの感触は優しくパワフル。音は温かく鮮やか。1弦(E)と2弦(B)はナイロン弦でサウンドに“バーデン・パウエル感”が出る。僕は自分の曲を弾くために1本欲しいと思ってる。
『Vata』では、「Farol」の最後でシルヴィオ・カルロスが演奏しているのを聴くことができるよ。ほかにも例えばヂノ・セッチ・コルダスやホジェリオ・カエターノの録音でもこの楽器の音を聴くことができる。ホーダ・ヂ・ショーロでは最も一般的な楽器なんだ。

*7 ヂノ・セッチ・コルダス(Dino 7 Cordas)…ショーロの歴史における7弦ギターのパイオニア的ギタリスト。

── 最後に、日本のファンに伝えたいことがあれば、ぜひお願いします。

Marcos Ruffato 日本に『Vata』を気に入ってくれた人がいてとても嬉しい!僕はあなたたちの国や歴史、文化、人々をとても深くリスペクトし、興味を持っている。僕は『Vata』があなたたちに良い雰囲気や希望を運んでくれることを願ってる。『Vata』がこのアルバムを聴いてくれた人に、その家に、その街に良い雰囲気が届くのを助けるための乗り物であってほしい。
心を開いて聴いてくれてありがとう!世界でもっとも気配りのある聴衆の皆さんに届いて、とても嬉しいです。近いうちに会えることを願っているよ!

『Vata』の幕開けを飾る「O Azul」のミュージック・ヴィデオ。

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