トッキーニョ新譜はサンバへの愛情溢れる傑作
芸歴50年以上を誇るMPB巨匠トッキーニョ(Toquinho)が新譜をリリースした。アルバムタイトル『A Arte de Viver』は“生きる術”の意味。編成もアレンジも古き良き伝統的なサンバそのもので、目新しさは皆無だがブラジル音楽の真髄ともいうべき“サウダージ”が満載。ブラジル音楽ファンにとっては堪らない作品だろう。ここでトッキーニョが曲作りのパートナーに選んだのは数々のMPB名作を残してきた詩人のパウロ・セザール・ピニェイロ(Paulo Cesar Pinheiro)。ゲストにはシンガーのマリア・ヒタ(Maria Rita)、カミーラ・ファウスチーノ(Camilla Faustino)、そしてバンドリン奏者アミルトン・ジ・オランダ(Hamilton De Holanda)が迎えられており、サンバという音楽の独自性や素晴らしさを再確認させてくれる快作となっている。
いかにもサンバらしいコード進行の(1)「A Arte de Viver」がいきなりの名曲。
思わず一緒に口ずさみたくなるコーラスが印象的だ。
(2)「Papo Final」はエリス・ヘジーナ(Elis Regina)の娘で現代MPBを代表するシンガー、マリア・ヒタ(Maria Rita)との絶妙な掛け合いが楽しい。
アミルトン・ジ・オランダ(Hamilton De Holanda)のバンドリンをフィーチュアした(3)「Amor Pequeno」はショーロのバラードを思わせる美旋律が魅力的。
(4)「Mão de Orfeu」はバーデン・パウエルの「Samba da Benção」をイントロに、「Deixa」をアウトロに引用し、バーデン・パウエルのツアーに参加したことがきっかけとなり頭角を表したトッキーニョらしい、恩師へのリスペクトが感じられる楽曲。
たとえブラジル人でなくとも、人生にサンバは必要だ。
ゆったりとしたグルーヴと、心地よいコード進行の魔力に取り憑かれる。奇を衒うような表現は一切ないが、サンバの素晴らしさがしっかりと凝縮された一枚。心躍る夜のひとときを過ごすための充実した作品だ。
ブラジル音楽史に輝かしい功績を残すトッキーニョ
トッキーニョ(Toquinho, 本名:Antonio Pecci Filho)はイタリア系移民の両親のもと、ブラジル・サンパウロに1946年に生まれた作曲家/ギタリスト/歌手。
“トッキーニョ”というあだ名は背が低かった少年時代に母親につけられた。
14歳の頃に名手パウリーニョ・ノゲイラ(Paulinho Nogueira)にギターを師事し、その才能を開花させた。
1960年代からプロとして活動を開始。作曲家としての最初の大ヒットはジョルジ・ベンジョールが歌った「Que Maravilha」(1970年)。この辺りからボサノヴァの創始者のひとりとして知られる作詞家のヴィニシウス・ヂ・モライス(Vinícius de Moraes)との生涯にわたる交友も始まっている。