トリオ・トウケアットの名盤『Kudos』
キャッチーでポップな音楽性、音楽家から尊敬される超絶技巧、そしてユーモアまで兼ね備えた稀有なピアノトリオ、トリオ・トウケアット(Trio Töykeät)。1988年に結成され2008年に解散するまで10枚ほどのアルバムを残しているが、それら諸作の中でも2000年リリースの『Kudos』はジャズ史に残るべき大名盤だと思っている(異端ではあるかもしれないが)。
Trio Töykeät は傑出した才能を持つフィンランド出身のピアニスト/作曲家イーロ・ランタラ(Iiro Rantala)が率いており、このアルバムは全曲が彼の作曲によるもので、全ての曲が彼が影響された偉大な芸術家に捧げられている──そしてトリオの3人の演者は、それらの人物が音楽家の場合、明らかにその相手をユーモアたっぷりに“真似て”演奏しているのだ。
冒頭(1)「Étude」は偉大なクラシックの作曲家ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトに捧げられている。イーロ・ランタラによって書かれたこの曲は確かにそれっぽい出だしなのだが、途中モーツァルトが自暴自棄を起こしたかのような表現も…。快活で変人だったと言われるモーツァルトの性格をこれほどまでに上手く捉えた音楽もなかなかないだろうユーモラスな傑作だ。
続く(2)「Met by Chance」はブラジルの作曲家/ピアニスト/ギタリストのエグベルト・ジスモンチ(Egberto Gismonti)に捧げられたもの。これもまたジスモンチの名曲に特徴的ないくつかのポイントを上手く組み合わせたようなスタイルの楽曲で、ピアノの演奏スタイルまで真似た表現力は見事としか言いようがない仕上がり。テーマはとにかく美しく、楽曲の完成度はひょっとしたらジスモンチ本人を超えているかも…とすら思わせられる(ちなみにこの曲はのちに「Anyone With a Heart」というタイトルで一部改編され再演されている)。
(3)「Gadd a Tee?」も秀逸だ。1970年代後半から80年代にかけて活躍したフュージョンバンド、スタッフ(Staff)のスタイルを真似たもので、曲名は同バンドのドラマー、スティーヴ・ガッド(Steve Gadd)と鍵盤奏者リチャード・ティー(Richard Tee)から。スティーヴ・ガッド風のタイトなリズムと、明るい音色のピアノがフュージョン全盛期を思い起こさせる。
(4)「Waltz for Michel Petrucciani」はそのタイトルの通り、先天的な障がいを抱えながらジャズピアニストとして大成したフランスのミシェル・ペトルチアーニ(Michel Petrucciani)に捧げられたもので、叙情的で美しく、どこか陰のかかった名曲。
中年女性2人の生活を描いたイギリスのコメディー番組『Absolutely Fabulous(通称Ab Fab)』主演女優のジェニファー・サンダース(Jennifer Saunders)に捧げられた(9)「Ab Fab」はイーロ・ランタラの作曲センスと超絶技巧が炸裂するユーモラスな曲で、本作の中でも一二を争う最高に楽しい曲だ。
ジャズに馴染みのない人でも楽しめるアルバム
トリオ・トウケアット(Trio Töykeät)の本作『Kudos』は普段ジャズをあまり聴かないような人にも自信を持って勧められる作品だ。ピアニストのイーロ・ランタラが持つクラシック音楽の確かな素地や、観客を楽しませようとするユーモアのセンス、それらをポップに仕上げ演奏する力量といった個性は唯一無二のもので、ジャズというと敷居の高い音楽のように感じている人にはぜひ聴いてもらいたいと思う。
さらにこの作品から、気に入った曲があればその曲が捧げられたアーティストの作品を聴いてみる、といった聴き方もできるかもしれない。音楽の視野を広げられる作品としても優れていると思う。
ここで紹介した以外にも英国のロックスター・スティング(Sting)、1960年代から活躍する米国のピアニスト/作曲家デイヴ・グルーシン(Dave Grusin)、フィンランドの映画監督アキ・カウリスマキ(Aki Kaurismäki)などなど、楽曲が捧げられた人物の名前は多岐にわたる。既にこれらのアーティストのファンなら、トリオ・トウケアットが彼らをどのように表現したか聴いてみるのも面白いだろう。
Trio Töykeät :
Iiro Rantala – piano
Rami Eskelinen – drums
Eerik Siikasaari – double bass