ドム・ラ・ネナ、より深みを増し不思議な魅力を放つ新譜
ブラジルの港町に生まれ、フランスの文化を吸収し、アルゼンチンで音楽を研鑽し個性を確立してきた人気シンガーソングライター/チェリストのドム・ラ・ネナ(Dom La Nena)。
新譜『Tempo』では自身のチェロの多重録音をサウンドの軸とし、これまでの作品と変わらない少し陰を帯びた魅力的な囁き声で語りかけるような歌を聴かせる。シンプルな楽曲にひそむ無垢で傷つきやすい少女性はそのままに、彼女の世界観はより深みを増しており、聴くほどにその深い底に引き摺り込むような魅力に気付かされる。奇を衒うような表現もないし、特別難しいことは何もやっていないのにどうしてこうも魅力的なのだろうと思ってしばらく考えてみるが、そう簡単に答えには辿り着けそうにない。
“ドム・ラ・ネナ”として世界的に知られる女性、ドミニケ・ピントの略歴は後述するが、その稀有なバイオグラフィを辿ると、彼女のこれまでの見えない努力自体が音楽の魅力に直結しているのだろうな、とは思う。あくまで自然体のまま、高度な音楽体験を提供してくれるというのは良い音楽家の絶対条件なのだ。
これまでの作品同様、本作でも多くの楽曲は母語のポルトガル語よりも音楽的な影響の大きいスペイン語で歌われている。
チェロは伝説的奏者であるクリスティーヌ・ワレフスカに師事しただけあって、彼女の演奏にはクラシック音楽からの影響も強く滲み出る。そしてフォークソングのようなシンプルで美しい曲調と歌が重なると、そこには“ドム・ラ・ネナ”の魔法が生み出される。
ドミニケ・ピントがチェロという包容力に優れた楽器を人生の早い段階で選択したことは奇跡のようでもあるが、たぶん必然でもあったのだろう。
チェロに魅入られた少女
ドム・ラ・ネナ、本名ドミニケ・ピント(Dominique Pinto)は1989年ブラジルのリオグランデ・ド・スル州都ポルト・アレグレ生まれ。5歳の頃からピアノを習い始め、チェロはその3年後に始めた。
8歳の頃に家族でフランス・パリに引越し、10歳頃にはチェリストになることを決意。13歳でブラジルに戻ったがチェロの良い先生を見つけられず、アルゼンチンの“チェロの女神”クリスティーヌ・ワレフスカ(Christine Walevska)に熱心に手紙を書き単身アルゼンチンに渡り、数年間彼女に師事した。
ドム・ラ・ネナというステージ名はこのアルゼンチンでのチェロ修業時代に年上の門下生達から「La Nena」(少女)というあだ名で呼ばれたことに由来している。
18歳で再びパリに移り住み、本名のドミニケ・ピントの名でジェーン・バーキンやジャンヌ・モローのコンサートツアーに帯同。さらにヨーロッパの多くのミュージシャンのステージにチェリストとして出演するなど経験を積み重ねた。
2013年にアルバム『Ela』でソロデビュー、そのチェロを弾きがなら囁くように歌う姿が話題に。2015年の2nd『Soyo』でもファンを拡大した。