【特集】クラシック音楽のジャズ・アップ おすすめ名盤9選

Jacques Loussier - Plays Bach

ジャズはあらゆるジャンルを飲み込んだ…勿論、クラシックも。

20世紀初頭にアメリカ合衆国南部のニューオーリンズで発祥したとされるジャズという音楽は、当初は西洋クラシック音楽や黒人差別への抵抗という文化的な側面を持っていた。形式にとらわれず即興演奏を中心とした自由な音楽として急速に発展していったジャズは、時代が進むにつれその自由度の高さゆえに様々なジャンルの音楽を飲み込んでいき、それらの中には当然のように、当初はジャズの対極に位置付けられていた西洋クラシック音楽もあった。

クラシックのジャズ化の分野での先駆けとなったのがフランス出身のピアノ奏者ジャック・ルーシェだった。パリ国立高等音楽院でクラシックのピアノと作曲を習っていたルーシェは音楽院でのコンクールでバッハの前奏曲を弾いたが、人間なら誰にでも起こりうる記憶のエラーのため途中から即興演奏になってしまった(彼は18世紀の古典音楽の作曲家はそもそも即興の達人であり、自分はその伝統に従っただけだと述べている)。
彼はその後も学費を稼ぐためにパリのバーでバッハの曲をジャズで演奏し、その音楽は当時の聴衆に相当ウケたようだ。1959年に最初のアルバムでデビューすると、バッハの優雅さを失わないままにジャズのインタープレイに落とし込んだ彼の演奏は世界各国で拍手喝采を浴びるようになった。

近年のジャズの演奏者は多くがクラシックの経験者で、ジャック・ルーシェ以降はクラシックをジャズの題材にした演奏も別段珍しいものではなくなっている。アルバムの中で数曲クラシックのカヴァーがある場合もあれば、アルバム一枚をまるまるクラシックをテーマにすることも多い。今回はそのような西洋クラシック音楽をジャズ化(ジャズアップ)した作品をいくつかおすすめしたい。

① Jacques Loussier – Plays Bach

まずはフランス出身のピアニスト、ジャック・ルーシェ(Jacques Loussier, 1934 – 2019)。1959年からヨハン・ゼバスティアン・バッハの作品をジャズトリオで演奏した『Plays Bach』のシリーズで一躍名を馳せ、その後多くのジャズピアニストがクラシック音楽をジャズの題材にするきっかけを作った。ここで紹介するアルバムは長年取り組んできたバッハ・ジャズの集大成とも言える『Jacques Loussier Plays Bach』(1995年)。中でも「G線上のアリア」は彼の代名詞とも言える素晴らしい演奏だ。
ルーシェは自身の作曲に取り組んだ時期もあったが、ほとんど生涯にわたりクラシックをジャズで演奏し続け、バッハだけでなくドビュッシー、サティ、ショパンなどを演奏した数多くの作品を残している。

ジャック・ルーシェ・トリオによる「G線上のアリア」

② Eugen Cicero – Rokoko Jazz

オイゲン・キケロ(Eugen Cicero, 1940 – 1997)もこの分野の先駆者であり、第一人者だ。ルーマニア出身の彼はクラシックのピアニストであった母親からピアノを習ったが、のちに兄の影響でジャズに興味を持つようになる。1965年のデビュー作『Rokoko Jazz』はロココ時代の古典音楽をスウィング・ジャズに仕上げた作品で、世界的に注目を浴びた。その後も主にクラシック音楽を題材に多数の作品をリリースしたが、脳卒中のため57歳の若さでこの世を去った。

バッハをジャズで演奏するオイゲン・キケロ・トリオ

③ Europian Jazz Trio – Adagio

オランダで1984年に結成されたヨーロピアン・ジャズ・トリオ(Europian Jazz Trio)はクラシックの名曲やビートルズ、ポピュラー音楽のヒット曲などを洗練されたジャズにアレンジし人気を博した。前出のジャック・ルーシェらと比べると軽い印象もあるが、その圧倒的なレパートリーとヨーロッパらしい抒情的な演奏にはファンも多い。

④ Claude Bolling – Jazzgang Amadeus Mozart

フランスのピアニスト、クロード・ボラン(Claude Bolling, 1930 – 2020)がモーツァルトの曲をビッグバンドによる古風なジャズに仕立てたユニークな意欲作『Jazzgang Amadeus Mozart』は、陽気なディキシーランド・ジャズ風の「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」や「トルコ行進曲」が面白い一枚。
生涯にわたってジャズとクラシックのクロスオーヴァーを探求し、特にフルート奏者ジャン・ピエール・ランパル(Jean-Pierre Rampal)とのバロック音楽風のジャズ作品『Suite for Flute and Jazz Piano Trio』(1975年)は主にアメリカでヒットを記録した。

⑤ 山中千尋 – ユートピア

日本を代表するジャズピアニスト、山中千尋がクラシックを題材に選んだ2018年のアルバム『ユートピア』
一部の自作曲やジャズのスタンダードを除き、サン=サーンスやスクリャービン、ブラームス、ドヴォルザーク、武満徹などの名曲を取り上げている。美しいアレンジ、流麗なピアノに聴き惚れる一枚。

⑥ Leszek Możdżer – Impressions On Chopin

ポーランドの人気ピアニスト、レシェック・モジジェル(Leszek Możdżer, 1971 – )が同国が生んだ名作曲家フレデリック・ショパンの作品に挑んだアルバムがこの『Impressions On Chopin』(2010年)。一部にパーカッションが加わるが、ほぼソロ・ピアノでショパンの作品を再解釈し演奏している。ショパンと言っても誰もが知るような名曲が中心ではなく、マニアックな選曲はショパンを生んだ国の音楽家ならではのこだわりか。

レシェック・モジジェルによるショパン作品のライヴ演奏動画。

⑦ Andre Mehmari – Ouro Sobre Azul

ブラジルを代表するピアニストであるアンドレ・メマーリ(Andre Mehmari, 1977 – )が、同国のショーロ音楽の黎明期に活躍した作曲家エルネスト・ナザレーの作品を演奏したソロアルバム『Ouro Sobre Azul』(2014年)。ナザレーの音楽はクラシック音楽とブラジルの民族音楽双方から影響を受けており、またショーロ自体がもともと即興演奏の比重が大きいことから本作でのアンドレ・メマーリの演奏も自由闊達で、創造性に溢れた一枚。

ナザレーの「Famoso」を弾くアンドレ・メマーリ

⑧ Enrico Pieranunzi – Monsieur Claude

イタリアの名手、エンリコ・ピエラヌンツィ(Enrico Pieranunzi, 1949 – )がクロード・ドビュッシー没後100年にあわせトリビュートとして制作した『Monsieur Claude』も素晴らしいジャズアルバムだ。ピエラヌンツィ自身の作曲部分も多く、ドビュッシーの曲をそのままテーマにするというよりは適度に引用するスタイルで繰り広げられる圧巻のクラシカル・ジャズ。数曲で女性ヴォーカルも参加し、欧州ジャズを牽引する随一の感性を存分に楽しめる。

⑨ Massimo Faraò Trio – Moldau Plays Classics

イタリア生まれのピアニスト、マッシモ・ファラオ(Massimo Faraò, 1965 – )のトリオによる『Moldau Plays Classics』(2018年)もおすすめの一枚だ。スメタナの「モルダウ」他、ベートーヴェン、ショパン、リスト、チャイコフスキーなどの名曲をジャズアップ。同年にはバッハ作品集『Play Bach』もリリースしている。

Jacques Loussier - Plays Bach
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