ベネズエラ出身の現代JAZZトリオ、デビューEP『Ciclos』
世界で最も治安が悪いとされ、政治と経済の混乱が続く南米ベネズエラ出身の3人の若く優れたミュージシャンたち──ドラマーのオレステス・ゴメス(Orestes Gómez)、ピアニストのガブリエル・チャカルヒ(Gabriel Chakarji)、そしてベーシストのフレディ・アドリアン(Freddy Adrian)によるトリオ作『Ciclos』がリリースされた。
共通の出自を持つ3人は少なくとも2014年頃から集まって演奏することはあったようだが、こうして一まとまりの作品をリリースするのは初めてだ。それぞれが楽曲を持ち寄ったこのEPはわずか4曲の収録だが、どれもが驚きと魅力に満ちている。
まずはオレステス・ゴメスの混沌としたドラムに導かれる(1)「Mina」。可愛らしい響きのタイトルに反し、その楽曲と攻撃的な演奏には常に緊張感が漂う。
続いてガブリエル・チャカルヒ作曲のメランコリックな(2)「433」。これはガブリエルの住むニューヨークの州道433に由来する楽曲で、1曲目とは正反対のリリカルな対話が特徴的だ。
(3)「Lineas Vivas」はベースのフレディ・アドリアン作曲。タイトルは「ライフライン」を意味しており、度々SNSに故郷ベネズエラの醜い現状に対する感情を吐露する彼らしく、遠回しに痛烈なメッセージを放つ演奏になっている。頻繁にコードチェンジし様々な表情(それは人々の怒りに似ている)を見せるテーマ部と、最低限の生活(ライフライン=命綱)を表すかのようなソロパートのワンコードの低音から感じ取る物語は無限だ。
(4)「Ciclos」はこのトリオの先進的な側面を最も強く表した楽曲だろう。作曲はガブリエル・チャカルヒで、彼はアコースティック・ピアノのほかにエレクトリック・ピアノも弾いている。フレディ・アドリアンもエレクトリック・ベースに持ち替え複雑なグルーヴを生み出す。
このアルバムの録音は3人の祖国ベネズエラではなく、メキシコ合衆国の首都メキシコシティで行われた。
ベネズエラを代表する若手トリオ
ドラムスのオレステス・ゴメス(Orestes Gómez)は1993年生まれ。
3歳の頃からベネズエラのフォルクローレとドラムスに没頭し、6歳でベネズエラ国立青少年オーケストラに加入。その後も10代前半でオーディションを経てベネズエラ国立児童管弦楽団に入団するなど神童的エピソードが満載のバイオグラフィーを誇る。
ジャズ、ヒップホップなどのジャンルでセッションドラマーとして活躍しながら、2017年にファーストアルバム『Experiencia Curiara』をリリース。ベネズエラ音楽への深い理解と現代のジャズやアフロ・ヒップホップの流れを汲んだユニークな音楽を提示してみせた。
ピアノのガブリエル・チャカルヒ(Gabriel Chakarji)もまた、幼少時からそのおそるべき才能を開花させた。
オレステス・ゴメスと同じく1993年生まれで、10代前半でシモン・ボリヴァル・ビッグバンドに入団したという経歴も同じ。彼もまた幼少時におもちゃのドラムに触れ音楽に関心を抱いたが、音楽家の道に導いたのは9歳から習い始め、カリブにルーツを持つ父と通った教会で度々歌の伴奏を務めたピアノだった(彼の両親はアマチュアのミュージシャンで、父はピアノを、母は歌を嗜んでいた)。2013年にはピアニストとして参加したリンダ・ブリセーニョ(Linda Briceño)のアルバム『Tiempo』がラテン・グラミー賞にノミネート。翌2014年、21歳のときにより深くジャズを学ぶために奨学金を得てニューヨークに移り、数多のジャズ・アーティストを輩出するニュースクールで学び活躍の舞台を大きく広げている。
ベースのフレディ・アドリアン(Freddy Adrian)もシモン・ボリヴァル・ビッグバンド出身。正確な情報はないがおそらく1989年あるいは1990年の生まれで、前出の二人よりは年上。ベネズエラで開催されたクラシックのコントラバス奏者のコンペティションで第3位、アムステルダムで開催されたジャズ・コンペティションで最優秀賞を受賞するなどクラシックとジャズの両方に精通したコントラバス奏者として活躍しているが、近年はヴォーカルも取るなどシンガー・ソングライターとしての活動も目立つ。
現在はベネズエラを離れメキシコに住んでおり、混乱を極める祖国を憂いている。
Gabriel Chakarji – piano, keyboards
Freddy Adrian – double bass, electric bass
Orestes Gomez – drums